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<<   作成日時 : 2009/09/21 00:06   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 22 / トラックバック 0 / コメント 144

画像 誕生日に来ると 言ったから
 今年は絶対来るって 言ったから
 だから 僕は信じてる

 さっきから 急に雨が降り出して
 ずぶ濡れで来るかもしれないから
 傘とタオルを持って 僕は立ってる

 約束を破ったら バチが当たるって
 先生が言ったから
 だから 約束は破っちゃダメだよ

 でも もし
 どうしても 来られない理由があったなら
 どうか神様
 あの人に バチを当てないで

 それが
 来られない理由でも
 来たくない理由でも
 神様 母さんを許してあげて

〈S〉


詠み人<シバタ>のひとりごと

僕の母は僕を産んでまもなく急逝したと聞いていますが、5〜6歳くらいまで、施設に時々やって来る女性を母親だと思っていました。
別にだまされていたわけではなく、最初から「母方の親戚」と説明されていたのですが、顔立ちがはっとするほど自分に似ていることは幼心にもわかったし、事情のある肉親が「親戚」と偽って施設の子どもに会いにくることも多かったので、僕は勝手にこの人を母親に違いないと思いこんでいたのです。
何か事情があるのだろうと思っていたので、言われるまま「おばさん」と呼んではいましたが、誕生日やクリスマスなどにプレゼントをもって現れるこの美しい女性を、僕は心待ちにしていました。
ある時「遠くに行くから、もう来られないようになった」と涙ながらに言う彼女に、「本当はお母さんなんでしょ」と詰め寄りましたが、彼女の同情に満ちた目を見て、自分が勘違いしていたことを悟りました。
彼女は母の姉にあたる人で、両親(僕の祖父母)に内緒で僕の所在を調べてくれて、こっそり会いに来てくれていたのでした。
伯母は遠方へのお嫁入りが決まり、嫁ぎ先に僕を引き取りたい旨をかけあってくれたようですが受け入れられず、「堪忍してね、堪忍してね」と泣きながら帰っていきました。
僕が唯一持っていた母の写真は、この伯母が最後に会いに来てくれた日に持ってきてくれたものです。
驚くほど母と伯母が似ていて息をのみましたが、僕自身は母より伯母に似てると思いました。
そう言えばその写真、どこかでなくしちゃったな。

長崎は一度も行ったことがありませんが、それは長崎が伯母の嫁いだところだからです。
グラバー邸や天主堂に行くなら、伯母に会いに行きたいという気持ちが、長崎への旅行を延ばし延ばしにしていました。
数年前、重い腰を上げて伯母の消息を調べましたが、重度のアルツハイマーに罹患していて、たぶんもう僕のことはわからないだろうということでした。
遅かったか。 残念。



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タイトル
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コメント(144件)

内 容 ニックネーム/日時
長崎は、僕の故郷です。
その伯母さんとどこかですれ違ったかもなあ。
時代が違うか。

この前、施設の子どものお母さんから、
電話が掛かってきました。
「今日、娘さんの誕生日だから電話くれたの?」
「えっ、そうなの?忘れてた」

隣りに小学生の娘さんがいたから僕は言いました。

「お母さんが、誕生日だから電話くれたんだって。
 良かったね」

いろんな母子関係があります。

  ほんとどうにかしろ!と思う・はげおやじ・より
はげおやじ
URL
2009/09/21 00:31
Sくんの持っている
美しさ
優しさ
賢さ
強さ は
お母さんから
受け継いだものですね
伯母様の当時の
辛さが
よくわかるような気がします
きらり
2009/09/21 00:43
こんばんは〜
詩を読んでて涙がでてきました。
とても切なく、S様がむしょうに愛おしく抱きしめて
あげたくなりました。(母心)
今は、こんなに大きくなっているのですから、それは
できないけれど。
> あの人に罰をあてないで
> あの人を許してあげて

出産後まもなく急逝されたお母様、こんなに心のきれいな優しい子を置いて逝かねばならなかったこと、さぞかし無念だったことでしょう。
お母様と信じていた伯母様も、身を引き裂かれる思いだったことでしょうね。
母の命と同じくらい大切な我が子、やはり私がお母様
伯母様の立場でも、泣き暮らす思いだと思います。
よくひねくれたりしないで立派に成長してくださったことと、改めて心から嬉しく感謝します。
淋しい思いや悲しい時も沢山あったでしょうけど、ようここまで頑張ってこられましたね。
沢山沢山褒めてあげたいです。
こんなに素敵なS様にブログでも、出会えたことが嬉しいし心から感謝しています。
素敵な出会いがあって子宝に恵まれますように、祈っています。
織り姫
2009/09/21 00:50
おはよう♪
そうですかー。
主任さんにそんなことが。。
伯母さんはきっと主任さんのことが不憫でならなかったんでしょうね。。
そっかー。
アルツハイマーに。。
ザンネンですね。

主任さんが年上の人に惹かれる理由がわかった気がします(^^)
りっちゃん
2009/09/21 05:09
愛情を持って会いに来て下さっていたおばさん、素敵な方ですね。
会いに来てくれる人がいた事、さぞ嬉しかったことでしょうね。
会いに行けなくなって、そのおばさんはずっと気がかりだった事と思います。
Sさんも辛い幼少時代をお過ごしだったのだろうと想像しましたが、その分幸せを一杯掴んで下さいね。
応援してます。

私は九州に住んでいながら、九州内のほかの県は行ってるけど、長崎だけ行った事が有りません。別に大きな理由等はないんですけどね。
一度は行ってみたいけど・・どうかな。
ビオラ
2009/09/21 09:59
読み始めたとき、まさかお母様が登場するとは思いませんでした。てっきり恋人だと。
読み終わってとても優しい気持ちになりました。
「約束」にしがみついて待つ人も、心ならずそれを守ることができない人もみんないい人だから。だれにも罪はないから。
しかし約束は美しいものばかりではなく、またそれを守らないことがこの詞のように優しいばかりでもない今、この詞が思いやりの原点を呼び起こさせてくれるようです。
オリーブ
2009/09/21 11:00
私、シバタさんは一人なのかと思っていました。
伯母さんや、祖父母・・・
この言葉から先、涙が出てきました。
長崎へ、早く行けばよかったね。
でも、今からでも遅くない気がするけど。
アルツハイマーでも、一瞬記憶が戻るときがあるでしょう。
記憶が戻らなくても・・・
ブルー・ブルー
2009/09/21 12:00
両親がいて当然という環境で育った私には罰が当たりそうなお話を、思い出すのも辛いでしょうに書いてくださいましてありがとうございます。
施設に預けられ、おばさんを母だと思っていた幼少時代。
読んでいて胸に熱いものが込み上げてきました。
そんな境遇から、自力で大学を出て航空整備士になられた<S>さん。
貴方は偉い!尊敬します。

神様は人生を上手くコントロールしてくださいます。
誰もが、幸せな時代も不幸せな時代も同じ量だけ体験する。
死ぬ時にはプラスマイナス0で帳尻を合わせて人は召されると私は信じています。
<S>さんが幼少期に、私には計り知れない辛い思いをされた分、必ずこれから先は幸せが訪れます。
家庭に恵まれなかった分、聡明で容姿端麗に生まれてこられたのもその一例です。
酒天
2009/09/21 15:44
私も子供達とは今は会えませんから、こんな
詩を読んだら泣けてしまいます(:_;)
母親とは因果なもんで、大きくなっても子供
は子供のままだったりして…。
子供にとってもやっぱり母親や…母親に変わ
る存在がどんな形でもそばにあれば、明日を
見つめて生きていける。
父親は?
そりゃまぁ、いるに越した事はない訳で(笑)
と…云うのは嘘(*^。^*)
存在そのものが、未来なんですよん☆
れのん
2009/09/21 17:09
ドラマでしたね
行き違いや、誤解や、別れがいっぱいあるけど肉親との別れは辛いですね
幼いころのSさんの心を思うとやりきれないですね
感情の捌け口を何にもとめたのでしょう
今大きく成長したにも拘らず今度は、おば様が子どもになっちゃった
現実は厳しい。。
でもこれからだね。。
良い出会いがいっぱいあるから。。
コケ魔女
2009/09/21 18:27
そうだったのか・・・長崎の親戚は叔母さんだったんだね!アルツハイマーになってしまったんでは、話が出来ないね・・・残念ですね。どこまでもツキがないな〜シバタも・・・その中で必死に生きているシバタは凄いよ!そう考えると私の方が恵まれているのに、何やってんだか、日々を反省しないと・・・もっと人のためになれることがんばらないと・・・しかし恋愛はやめられない(笑)

詩は素直な一面を見せた可愛い詩だね!心の中の思いは、複雑なのに・・・また一つ君のことがわかりました。

GTO
2009/09/21 18:36
こんばんは

切ないような詩ですね

いろいろな 思い出も一緒に・・・
でも 大事なものは
ずっと 自分の頭の中に
心の中に 生き続けると思います
叔母様 アルツハイマーだったのですね
とても残念でしたね
時間というものを 感じました

金の鈴 銀の鈴
2009/09/21 20:08
読んだ感想を言葉にすることが難しいです。
この記事を読んで涙したのはSさんに対して失礼なのかしら。悲しい体験は、本人しか分らない痛みがありますでしょう、、、。
Sさんの人生に伯母様の心からの愛情があってよかったと心から思います。
てぽてぽ
2009/09/21 21:18
本当に切なく読ませていただきました。
もし、もし、可能ならば、たとえアルツハイマーでも、叔母様の手を取って、「会いに来たよ」と言ってあげて欲しいです。きっと、ずっと心の中で、〈S〉さんのことを気にかけていたはずですから。
何も分からなくても、手の温もりは分かりますもの。
沙羅
2009/09/21 21:28
 愛情と憎悪って紙一重なものかもしれない。愛しているが故に許せなくて恨み言を漏らす、それは真実であって虚言でもある。
 愛しているけど、憎らしいという二律背反ともとれる感情はあるのだと思う。
 話は少し逸れるけど、私は人の話を聞くのは嫌いじゃない。いろいろ思うこともある。それを言葉にするのは難しい。しかも、何となく雰囲気はわかっても心情を理解できるかと言われると無理なんではないかと思うから解るなんて書けない。
 いらない事を書いた気もしますが、そんなことを最近ここで思ったので吐露しておきます。

2009/09/21 21:42
こんばんは。
胸が締め付けられるような思いで読まして頂きました。
子供のころにそのような辛い思いされたこと、きっとこれからの人生に活かされていくものと思っております。
自分の子供に対し、少しでも爪の垢を煎じて飲ませたいと感じました。今、私の子供たちにも母親はいません。その分私が両親をしているつもりではいますが、子供たちには多分こんな親の気持ちはわかっていないと思います。
長崎へのお話、お気持ちは理解できましたが残念ですね。それでも機会が作れるのなら行っておいた方がいいように思いました。
HT
2009/09/21 22:15
はげさん、長崎の人なの。
へえ。
長崎はいいところ?
一度行ってみたいんですけどね。

それにしても、はげさんの仕事は大変ですね。
親代わりではあっても、親ではない。
でも親が与えるものを、子どもたちに与えねばならない。
いろいろ葛藤も多いでしょうね。
でも、すべての親が親業に向いてるわけじゃないから、はげさんみたいなプロフェッショナルな親っていうの? 職業的な親のもとで育つほうがいいこともあると思います。
親が与えてくれるのは体だけ。
気質とか体質とか知能みたいなものもあるかもしれないけど。
それ以外の後天的なすべては、親以外の人が与えてあげることもできると思う。
それ以外の後天的なすべて。
それは価値観とか、人生観とか、良心とか、人間関係の構築力とか。
そして時にはそれらが、生まれ持ったものより大事になることが多いから。
まあ、施設の実態はきれいごとじゃないことは、俺がいちばんよく知ってるけどね。w

俺の父も、俺の誕生日は知りません。
一度も施設には訪ねてきませんでした。
訪ねてきてくれたのは、この伯母ただ一人だけでした。


はげおやじさんへ <S>より
2009/09/21 22:39
きらりさん、こんにちは。
母を誉めてくれてありがとう。
でも実際僕は、母を写真の面影でしか知らないので、あまり思い入れはないです。
むしろこの伯母のことがずっと気になっていました。
思えば、僕をひきとりたいと言ってそれがかなわず、泣く泣く嫁いで行った時の叔母は、今の僕より若かったんじゃないかと思います。
僕に「身内」というものの体温を教えてくれた人。
僕を訪ねてきたときは、必ずぎゅうって抱きしめてくれた。
だから僕の中の伯母は、僕の歳がその面影を超えた今でも、慈しみ深く甘く優しい、「母なるもの」の象徴です。


きらりさんへ <S>より
2009/09/21 22:42
織り姫さま、こんにちは。

> 急逝されたお母様、こんなに心のきれいな
> 優しい子を置いて逝かねばならなかったこと、
> さぞかし無念だったことでしょう

それはどうでしょうか。
母の死因ははっきりしませんが、伝え聞いたところによると発作的な自殺ともとれる死に方だったようです。
産前産後は精神的に不安定になりやすいうえに、父と引き離されて軟禁状態で出産し、産後すぐに赤ん坊の僕とも引き離されたことで、完全に精神のバランスを崩していたようです。
母をそんな状態に追い込んだ周囲の人間にも恨みに似た気持ちを抱きたくなりますが、母の死がもし自殺だとしたら、僕は母その人にも単に同情することができません。
たとえ離れて生きていても、この世に産み落とした命がある以上、何としても生きて、将来の再会に希望を残してほしかったです。
とはいえ、成人してから父から聞いた話では、母は僕が生後すぐに死んだと聞かされていたらしく、それで絶望したのだということ。
それを聞いた時は母を恨むわけにもいかず、行き場のない憤りにやりきれなくなりました。
無念と言えば、死んだことにされた僕も無念です。
ひどい話ですよね。


織り姫さまへ <S>より
2009/09/21 22:43
りっちゃん、こんにちは。

> 主任さんが年上の人に惹かれる理由が
> わかった気がします

そうねー。
俺が年増フェチなのは、亡き母の面影を追っているというより、完全にこの伯母の影響ね。
動いてしゃべっている生身の身内として覚えている唯一の人だし。
施設に来るどんな父兄よりも身なりがよく、理知的で上品できれいな女性だった。
施設の他の子どもたちにもいっぱいお土産を持ってきてくれて、大人に話す時と同じ口調で僕らと話をし、おしつけがましくない優しさを持った人でした。


りっちゃんへ 主任より
2009/09/21 22:44
ビオラさん、こんにちは。
おかげんはいかがですか。

> Sさんは辛い幼少時代をお過ごしだった

僕は幼少時代は、実はかなり幸せでした。
あまりいやな思い出がないのです。
たぶん、生後すぐに乳児院に預けられ、幼少期には母方の遠縁の家に預けられた時期もありましたが、ほとんどを教会という神の家で過ごし、虐待や育児放棄とは無縁に育てられたからです。
神に帰依する穏やかな大人たちや、たくさんの兄弟姉妹たちとともに、教会の畑や果樹園で育てたものを収穫し、皆で家事を分担する、自給自足と奉仕と祈りに満ちた生活。
今思えば、子どもが育つ環境としては、決して悪くない場所だったと思います。
同じ施設出身のきょうだいたちの中には、かなり大きくなるまで愛情の欠片もない家でひどい虐待を受けてきたヤツもいますし、親戚の家をたらいまわしにされてきたヤツもいます。
そんな彼らに比べると、僕はずっと安全な場所で、親ではなかったけれど愛情ある保護者のもとで育てられたので、自分で言うのもなんですが、施設育ちの連中の中では、これでもかなりまっすぐに育ったほう。
(自分で言うか。w)
施設を出た後、悪い仲間とつるんだ時に、つくづく「俺って育ちがいいなあ」と思いましたから。
そんなまともすぎる僕ですから、きっと平凡な幸せが似合うんじゃないかと思います。

長崎には、お互いにいつか行けるといいですね。


ビオラさんへ <S>より
2009/09/21 22:48
オリーブさん、こんにちは。
あなたのコメントに、僕はある詩を思い出しました。
谷川俊太郎氏の「ひこうき」という詩です。


「ひこうき」

ひこうきの つばさ
ナイフみたいだ
ごめんね そら
いたいだろ
でも がまんして
おとさないで
あかちゃんも
のっているから


僕はこの詩を暗唱する度に涙が出そうになるほど、この詩が好きです。
子どもの言葉で語られたこの単純な詩には、「傷つけられる者」への同情だけでなく、「傷つける者」をも庇おうとする視点がある。
鋭い翼で切りつけられる「そら」はつらいかもしれないけど、切りつけている側の「ひこうき」にも、守るべき尊い命が宿されている。
だから許してやってくれ、耐えてやってくれ、という願い。
できるなら僕はこんなふうな視点を忘れずに生きていきたいです。
決して会いに来ようとしない人をも、神に「許してやってほしい」と願えるような。
実際の僕は恨みがましく、すぐに「ちくしょう」「死んじまえ」と悪態をつきますけどもね。w


オリーブさんへ <S>より
2009/09/21 22:49
ブルー・ブルーさん、こんにちは。

> シバタさんは一人なのかと思っていました

一人じゃないですよ。
両親がいなくちゃ生まれてこないし。w
僕は貧乏で学者の卵だった父と、お嬢様女子大生だった母との間に生まれた私生児です。(←ありがち。)
純愛だったのか火遊びだったのかわかりませんが、母方の家に結婚を反対されていたようで、母は妊娠を理由に入籍を押しきろうと思ったようですが、親(僕の祖父母)に父と引き離されて、産んだ子供は乳児院に捨てられて「赤ん坊は死んだ」と言われ、ショックでおかしくなって高いところから落ちて亡くなりました。
これらは、伯母が後に「お母さんのことを知ってほしかったから」と手紙で書いてよこしてくれたので知りました。
伯母は「あなたの祖父母を恨まないであげてくださいね」と書いてましたが。
たいていの「できちゃった結婚」は、孫が生まれちゃえば、もうその孫かわいさに親が結婚を認めるってよく聞きますが。
その祖父母は、よほど家名が大事だったようです。
なんでも旧財閥系のどえらいおうちだったそうですから。(シバタ姓じゃありません、念のため)
僕という命は、そのお家の家名には勝てなかったようです。
その会ったこともない祖父母の事はうっかり恨みそうになりますが、そこは教会育ちの僕のこと。
「彼らを許したまえ」と祈って育ちましたんで、今では何とも思ってません。

<続く>
ブルー・ブルーさんへ <S>より
2009/09/21 22:53
> アルツハイマーでも、一瞬記憶が戻るときが
> あるでしょう

そう思ったの、僕も。
それで伯母の家に連絡をとって「会わせてください」とお願いしたんですが。
ご主人が電話に出てきて、「そういう甥がいることは聞いていますが、うちとは関係ないですし、過去のことを思い出させて刺激したくない」とやんわり断られました。
なんでもその頃、女ばかりのきょうだいだった母と伯母のその実家で、財産分与の話でもめていたそうで、僕がそういうことに興味を示していると思われたみたい。
その後手紙を書いて、「そういった問題に一切関知しないという覚書を一筆書くから、伯母にひと目会わせてほしい」とお願いしましたが、「過去のこととうちは関係ない。刺激しないでくれ」とやはり手紙で断られました。
僕はどうも親戚とは相性が悪いみたい。
俺が何をしたっていうんだよ。
ただ、生まれてきただけなのに。
どれだけ彼らに迷惑をかけたっていうんだ。
そういう思いもありますが、まあ、これもまた大人の事情がいろいろあるんでしょうね。
僕はいつも「大人の事情」にふりまわされる人生です。


ブルー・ブルーさんへ 続き
2009/09/21 22:54
酒天さん、こんにちは。
心があたたかくなるようなコメント、ありがとうございます。
上のビオラさんあてのコメントにも書きましたが、実は僕の幼少時代はこう見えて幸せでした。
いつも誰かにかわいがってもらっていました。
教会では先生たちにきちんとしつけられましたし、きょうだいも大勢いたので淋しくなんかなかった。
むしろ、いつも大所帯のなかでわあわあ言って育てられたので、孤独に憧れた子どもでした。
一人になりたくて仕方なかった。w
それで中学卒業とともに世間に飛び出しましたが、それからはちょっと苦労しました。
あらためて、それまで自分は神の家で大人たちに守られていたんだな、と実感した次第です。
でも僕はベースになる幼少時代が愛情に満ちた環境だったので、ちょっとグレてもなんとか戻ってこられました。
何がまっとうな生活かを肌身で知っていたからだと思います。
そういう意味では僕は自分の育った環境に満足していますし、感謝しています。

> 聡明で容姿端麗
うーむ、それが本当なら、三十も過ぎて独身ってのは変だよね。
おかしいなあ。ww


酒天さんへ <S>より
2009/09/21 22:55
れのんさん、こんにちは。
れのんさんは、でもお嬢さんと会ってなかったっけ?
離れて暮らすようになってから、まったく会わないわけではないでしょう?
たぶん娘さんは、母親が自分と会いたがってること、会うのを楽しみに思ってることを知ってるだけで、まっすぐ育っていかれると思います。
肉親の情って、会えない時間の長さがどうというより、その会えない間にどれだけ自分のことを思ってくれているか、だから。
僕は伯母のそんな情を、離れていてもひしひしテレパシーのように感じていたので、さびしくはなかったです。


れのんさんへ <S>より
2009/09/21 22:56
コケ魔女さん、こんにちは。
僕は年上の女性とすぐ懇意になってしまうところがありますが、それは母や伯母にもっと甘えたかったという思い残しがあるのかもしれません。
でもそろそろそういう相手ではなく、人生のパートナーとしての相手を求めていきたい気持ちがあります。
もう僕は大人になったので、誰かに甘えるのではなく、互いに支えたり対等に尊重しあうような、そんな人間関係をつくっていきたい。
なかなかそれが難しいんですけど。
気づけばいつも相手に甘えてしまっています。

でも、子どものようになってしまった今の伯母に会うことが許されるなら、その手をとって幼女に接するように優しくしてやりたいと思う僕です。


コケ魔女さんへ <S>より
2009/09/21 22:58
GTOさん、ちいす。
アニキはいいじゃん、今のままで。
組合での平和のための活動、がんばってますよね。
すごいと思います。
恋愛だってやめる必要ないじゃん。
てか、それやめたらアニキじゃなくなっちゃう。w
俺もスケベな俺でいつづけるから。
お互いに「お気楽女ったらしブラザーズ」で生きていきましょう。
あ、でも俺は二股なんかかけないし〜。
(最近は。w)



GTOさんへ <S>より
2009/09/21 22:59
鈴さん、こんにちは。
会いに行こうかと思うのがちょっと遅かったね、俺は。
実はその伯母のところに行こうと思って、小5の時に家出したんだけど、未遂に終わっちゃって。
会いに行ったところで向こうには向こうの生活があるんだから、どうするつもりだったんだか。
たぶん頭のいいボクちゃんはそんなことちゃんと知ってて、ただ「はるばる会いに来た」ってパフォーマンスで、その伯母の更なる同情をひきたかったんじゃないかと思います。
離れて暮らすようになってからも時々手紙のやりとりはしていましたが、あちらに子どもが生まれてから、なんとなく手紙のやりとりも減ってきて。
それは、伯母も育児で忙しくなったうえに、僕も彼女の手紙の中に見る「我が子」の話に嫉妬して、あまり返事を書かなくなったから。
僕は一人でいるのが好きな子どもだったので、別に誰かと一緒にいたかったわけではなく、ただ誰かの関心がほしかったんだと思います。
いやな子どもでした。


金の鈴 銀の鈴さんへ <S>より
2009/09/21 23:00
てぽてぽさん、こんにちは。
僕のこの記事で涙していただいたのなら、うれしいです。
これは「お涙ちょうだい」を狙った記事。w
いかにもなエピソードで、ちょっとあざとかったかしらん。

> Sさんの人生に伯母様の
> 心からの愛情があってよかった

ありがとうございます。
僕は実は、いろんな人の愛情を受けて育ちました。
まず育った教会の牧師先生とその奥さんである「お母さん先生」。
昔の施設は今のように福祉事務所もうるさくなかったから、お母さん先生なんかは、僕らが悪いことをすると本気で怒った。体罰なんて当たり前で、僕なんかよくぶたれました。
今だったら児童虐待とか言われちゃうかもしれないけど、愛情のある叱責は親と同じで、体罰されたこともいい思い出です。
それからその教会施設の諸先生方。
肉親のような思い入れがない分、僕をほかのきょうだいと比べたり「もっと〜であれ」という期待も押しつけることなく、ありのままの僕をかわいがってくれました。
幼少期、母方の遠縁の子どものない家に、ほんの一時期預けられたこともありましたが、ここもとても上品で優しいお父さんとお母さんがいて、僕はとても大事にされました。
ただ、僕がこの家にあまりなじめなかったせいもあって、実子が生まれたのを理由にすぐにまた施設に返されましたけど。
そういう意味では「血がつながっている」だけを理由に、いわれのない暴力や虐待を受けて育った他のきょうだいたちより、僕はずっと幸せな子ども時代を送りました。


てぽてぽさんへ <S>より
2009/09/21 23:03
沙羅さん、こんにちは。
上のブルー・ブルーさんあてのコメントでも少し触れてみましたが、実は僕は、アルツハイマーのその伯母に、それでも会いに行きたくて、あちらの家族と連絡をとってみたのです。
でも、なぜか頑なに会いに行くことを拒まれて今に至っています。
ケチだよなあ。
減るもんじゃないし。
顔を見に行くくらい、いいじゃんか。
そう思うんですけど。
最初は、その頃ちょうどその家でごたごたしていた財産分与の話に、僕が興味を示していると誤解されているようでしたので、「○○家(母と伯母の実家)の財産には一切手をふれない」と一筆書くから、なんとか会わせてくれと頼んだのですが、それでもダメだって。
「うちとは関係ないですから」って。
そりゃ、伯母が嫁いだその家と僕は関係ないよ。
でも、伯母と僕は血縁関係なんだから関係ある。
とうか一度だけ。
そう長々と手紙にしたためて送りましたが、「過去のことをほじくりだして今の○子(伯母の名前)にいい影響があるとは思えません。これ以上の接触はご遠慮ください」という返事をもらいました。
生家の祖父母には「死んだこと」にされ、伯母の家族にはその存在を迷惑がられる俺って。
思えば思うほど納得のいかない話です。


沙羅さんへ <S>より
2009/09/21 23:04
仍さん、こんにちは。

> 愛情と憎悪って紙一重

そうですね。
そうだと思います。
僕は、たいてい好きなものが嫌いです。
それでいて、嫌いなものを激しく欲したりもして。
母親的なものにひかれつつ、母親ヅラをする女性がすごく嫌い。
そういう存在を無視したいと思いつつも、激しく無惨に犯してやりたい気もして、でも実際にそうしてしまった後は吐き気を催すほど自己を嫌悪します。

僕ね、人の不幸って、すべては二律背反する感情に起因するんじゃないかと思います。
 好きなのに憎らしい。
 欲しいのに、手にしてはいけない。
 ああなりたいのに、なりたくない。
 こうしたいのに、意地でもそうできない。
そういう葛藤を抱えたとき、人って不幸になると思う。
だから幸せそうな人って、迷いがないですね。
信じてることと、欲してることと、実際に自分が向かってる方向が一致している。
「葛藤を手放す」って、よくスピリチュアル好きな人が言うけど、そんなのただ闇雲に瞑想したり滝に打たれたってダメ。
悟りを開くようにある日突然霧が晴れる、なんてわけにはいかないと思う。
葛藤の元になっているブレーキ。
自分の本来の欲求を抑えつけている重石。
これがいつ、どうして自分を支配しはじめたのか、それを見据える作業って、本当に苦しく息の長い仕事だと思う。
僕はまだそんな作業の途中です。


仍さんへ <S>より
2009/09/21 23:06
HTさん、こんにちは。
僕は、自分の生い立ちが人の同情を買うものであることに気づいたのは、かなり成長してからです。
それまで、その育った教会施設のおかげで、本人はそれほど辛い思いもしませんでしたし、さびしい思いもしませんでした。
ただ、少し成長すると、まわりの友人の視線や近隣の大人たちの態度から、自分の境遇が人の同情を誘うものであることに気づき、そしてしたたかにも、そのことをうまい具合に利用することを身につけてしまいました。
どんなふうにふるまえば「健気な少年」と言われるかコツも心得ていましたし、周囲の大人(特に女性)を味方につけるのも朝飯前でした。
僕を育ててくれた諸先生方のおかげで、僕は「施設育ちとは思えない」と言われるような、そこそこの礼儀を身につけた人間に育ったと思っていますが、そういう他人の関心と同情を上手に利用して狡賢く生きる癖だけは、やはりこういう生い立ちにありがちな「育ちの悪さ」と言わざるを得ません。
そういう意味では、HTさんのお子さん、たとえ片親でも、「自分たちだけの」保護者がいるという環境はよかったのではないでしょうか。
僕だって愛情ある保護者には恵まれていましたが、それが「自分だけの親」ではなかったところに、今の自分の人格の偏りがあると思っています。
大勢の一人として育てられる気楽さはありましたが、誰かにとって特別の存在ではないという諦め。
この諦めと飢餓感が、僕の築く人間関係において、多少なりとも影を落としているのを自覚している僕です。


HTさんへ <S>より
2009/09/21 23:08
家族愛を感じました。血は水よりも濃いって言葉が思い浮かびました。伯母さんとしては妹の子供は紛れも無い゛家族゛だったんだろうなって思いました。

コメントありがとうございます♪
syu
2009/09/22 10:58
今回の記事とコメントを見ていて、人間の成長過程における「家族」というものの存在の大きさを改めて感じました。その人のパーソナリティ、アイデンティティは周りの環境から受ける影響によって良くも悪くも変化するのでしょうね。
そう思うと、子育てって本当に一大事業。大変だわ。
唯一無二の存在という母親(父親)の必要性を強く感じました。
今頃になって両親に感謝の気持ちでいっぱいの私です。

Mさんの記事にも書いちゃったけど、お誕生日おめでと♪(遅くなりましたが)
やっぱり、お誕生日は特別な日よね。
T-Cafe
2009/09/22 11:14
それでも、"あの人にバチをあたえないで"は切ない…。
母と思える人がいて少しは良かった?
実母と育ての母の違い、いくらダメでも母が恋しいですね。現実はともに暮らしてないと育たない気持ちもあります。恋しい気持ちと現実の気持ちの違い?
シバタさんのように悲しい過去はありませんけど、少しだけ経験しました。11歳の時、学校の帰りにバス停で母に会って「夕方には帰るから」って。二つ下の弟と暗くなるまで待ちましたが帰って来ませんでした。
何か不安になり箪笥を開けると母のものが何も無くて。
このときの気持ちは忘れることはできませんね。
捨てられた?置いて行かれた気持ち? 父はいますけど。
シバタさんの人柄は想像でしかありませんが色んな事を経験して得たもの、無駄にはしてなくてとても魅力のあるお方だと思います。育ちの悪さ?いいではありませんか! 歳上の女に取り入る? それもいいのではありませんか? その技も無いよりはいい!
こんな考え方のおばさんはおかしいですか?
木の葉
URL
2009/09/22 11:26
「約束」のお相手は伯母様でしたか。
伯母様にとって大切な妹の忘れ形見である(S)さんを どうしても自分の手元において育てたかったんだろうと思います。
状況は違いますが、実母が亡くなったときに伯母が私と妹を引き取りたいと父に掛け合ったそうですが、それが叶わなくて何年もの間泣いて暮らしたと 私が成人してから聞いたことがあります。その時の伯母達の気持ちも(S)さんの伯母様もお気持ちも 甥や姪がいる今の私には判るような気がします。
重度のアルツハイマーに罹患されていると云うことですので もし会いに行かれても、小さかったあの頃とは違い立派に成長なさった(S)さんを、伯母様は判らないかもしれませんね。
そして(S)さんご自身も「来なければよかった」と逆に辛い思いをなさるかもしれません。
「現実」は時としてとても残酷な仕打ちのように襲ってくる事もありますから。
それに伯母様のご家族の方達にも色んなご事情がおありでしょうし。
その中に 病気に罹患されてしまった姿を見せたくないと云うお気持ちもおありなんだと思うのですが、それにしても
<「過去のこととうちは関係ない。刺激しないでくれ」>
は酷すぎるような気がしました。
伯母様とは血縁関係がおありなんだから、ちゃんと権利を主張なされば良いと思います。
それにもしかして一瞬でも(S)さんのことを思い出されたら 今のあなたの姿をご覧になられた伯母様はどんなに嬉しいだろう。。。って思ってしまいました。
きっとズッと気にかけてらっしゃったんでしょうし、その事は御主人さまも御存知なはずなのに。
良い影響があるとは云えないかもしれませんが、悪い影響しかないとも云えませんものね。
マリー
2009/09/22 11:27
実は、
「いつも どんなことがあってもこれから生きていく上で (S)さん自身が決して後悔することがないように」と書いたのですが、 もしかしたら今回のこの言葉は無責任なのかもしれない・・・と思い、このままこの残して良いのかどうなのかが判らなくて何度も書いては消しました。
私が(S)さんに一番云いたいのは上記の言葉なのですが、今回は難しいのかもしれません。
専門家の方のお力を借りるのも、一つの方法なのかもしれませんね(*^-^)♪
マリー 続き
2009/09/22 11:27

私と母も 父に捨てられたので、ずっと父のことを恨んで育ちました。
だからSさんのように「許してあげて」と言えるのがすごいと思います。
どうしたらそんなふうに思えるんだろう。。。
許せるんだろう。。。
いつかもSさんが過去ログのコメントで お父さんとの再会について
「許すという罰し方もある」
と書かれていたのが印象に残っています。
そういう気持ちになるまでに葛藤はあったのではないですか。

私は ずっと父への恨み言を母から聞いて育ったので 「人を恨むのは見苦しい」と思いながらも いつのまにか母の気持ちが刷りこまれていて 父を許すことができませんし、そのせいか男性全般を信じることができません。

またまた自分のことを書いてしまいました(汗)
ごめんなさい。m(__)m



サラダ巻き
2009/09/22 14:04
小学生の頃、大人の事情で夏休みの一時期、妹と二人父の愛人の家に預けられていたことがあり、その時母に一時的にせよ捨てられた・・・と言う感じが強く、父よりも母を長い間恨むような感情がありました。
その頃の母は父のことで悩んでいて、私達のことまで細かく気を配ることもできなかったのだろうと思いますが、悲しい思い出です。
(S)さんの詩とひとりごとを読んで、いろいろ考えさせられました。
でも悲しい経験をしたことで複雑な心の綾も少しは理解できるこころを持てたのかもしれないと、解釈したりしています。。
(S)さんもここにこうして詩を書かれたのもご自分の中で過去のことに静かに向き合うときが訪れたと感じられたからではないかと、勝手に推察しました。
これからの(S)さんが、より魅力的な男性となりますように(今も充分にすばらしいですけど・・・)。
komichi
2009/09/22 14:21
長崎の伯母様のところへ
もっと早く会いに行ってあげたらよかったですね。
自分だったらどうしていただろう?と考えました。
もし自分が同じ境遇だったら、やはり同じ結果になっていたような気がします。
庭花
2009/09/22 17:34
今回は、まだコメント欄のシバタさんの言葉を読んでいません。(^-^;そのまま思ったことを書こうかな?と。(笑)
今回の詞は、子供の頃に戻った感じで書いたんですよね。毒が無い感じで素直な詞だと思いました。
お誕生日は、子供にとっては、みんなで祝ってほしい特別な日ですよね。だから、一番大切な人には特に祝ってほしいと思う日。
‘傘とタオルを持って 僕は立ってる’のとこで、シバタさんのその人に対する優しさが伺われます。子供の頃から気が利く?利口な子供さんだったのでしょう。(笑)
約束したから絶対来る!と思ってるんだけど、もしかしたら?もうこの時には、あの人は本当の母親じゃないかも?という不安な心もあったのでしょうか。
来る?来ない?と、雨の日に外で立って待ってる、いじらしい感じが出ていますね。
だけど、今、シバタさんは、多分?これを書きながら、もう切ない気持ちなんて、あんまり無いんじゃないかな?
本当のお母さんに、産んでくれたことにちゃんと感謝したくて。そして、お母さんの代わりに来てくれてた伯母さんにも感謝したくて。これを書いたのでは?とか思いました。
伯母さん。重度の、、、ですかー。。。私の友達で今、まだ重度では無いけど、痴呆症の母親を介護?してるコがいて。とにかく一人にはできないので、苦労してるようです。その分、その友達の自由も無くなるから大変ですね。
だけど、当然、自分の娘のことは分かってるワケで。娘がいない!と思うとすごく不安がるらしいです。だから、余計に離れられないのよね。
留加
2009/09/22 17:58
続きです。
もしかして、シバタさんと離れてても、伯母さんはずっとシバタさんのことを気にしていて、記憶に強い印象があったと思うから。どうなのかな?と。
もし、会える機会があるのなら、会ってみてもいいのでは?と思いました。それに、例え、記憶が無くなってても、シバタさんの伯母さんは伯母さんなのだから。。。
(*^_^*)
留加
2009/09/22 17:59
こんばんは

嫌な子供でした
なんて 言っちゃだめですよ

子供を残して死んでしまうお母さんとか
家族を残して 病気になって・・という
お母さんならば
どんなにつらい 気持ちだったろうと
察します
ですから お母さんにぎゅとされるかわりに 叔母さんに 優しくギュッと
された Sさんは やっぱり
いい子だったんだと 幸せだったんだと思うのです
きっと ご自分の 結婚で 
Sさんを引き取れなかったにしろ
Sさんの分もと 思って ご自分の
子供さんを 愛して育てられたのかもしれませんね

その子に 嫉妬するというのは
よくわかります
ちゃんと見てよ
ちゃんとぎゅっとしてよ〜
って きっと 私でも叫びたいでしょうから

2009/09/22 18:32
寂しかったでしょう・・・なんていう月並みな言葉では表せない少年時代だったんですね。
私は貴方と違って貧しくても両親と母方の祖母の下で大事に育てられた、未だに成長し切れていない人間です。
寂しくて辛かったかもしれない時を生きて、(S)さんは立派に強くなられたのでしょうね。
それにしても伯母様・・・・もう少し早く消息をつかめたらよかったですね。伯母様もきっと(S)さんのことを心配していらしたでしょうから。
魔女
2009/09/22 19:57
私のまわりにも
親がいない人や
親との関係に問題を抱えている人たちがいて
彼らは残念なことに
社会の不良分子になってしまうことが
多いように思います。

そんな中でも 生い立ちを言い訳にせずに
まっすぐに自分を生きている(S)さん。
人の持つ尊さというのは
生まれや育ちとは別に
個別に与えられた宝のようなものなのかなと
(S)さんの書かれるものを見ていて
いつも感じます。

∞メリーゴーラウンド∞
2009/09/22 20:16
syuさん、こんにちは。

> 血は水よりも濃い

よく言われる言葉です。
でも僕はあんまりそういった「血」のつながりを大事だと思ったことはありませんでした。
いつも、血縁関係のない人たちに囲まれて、そういった人たちに育ててもらってきたからです。
僕の祖父母や父も一度も施設に僕を訪ねてはこなかったし、「血のつながり」をそれほど大事にする人たちばかりではないと思う。
ただこの伯母だけが、僕のことを肉親を見る目で見てくれていました。
そういう人が一人いれば、もう僕はいいかな。
血のつながりって、けっこう面倒臭いこともありそうだし。
そう思いませんか?

でも「家族」という言葉は、僕の育った教会でもよく使われていました。
それは生活を共にし、ひとつ屋根の下で一緒にご飯を食べる仲間をさして。
そして、僕はそういった家族にはいつも恵まれていたと思います。
ここのブログのメンバーの<K>さんや<M>さんも、僕にとっては大事な家族です。


syuさんへ <S>より
2009/09/22 22:49
T-Cafeさん、こんにちは。
T-Cafeさんの言ってる「人間の成長過程において大事な家族」って、血縁関係だけを言ってるわけじゃないよね。
そうじゃないと僕らみたいな、血のつながりのない家族の中で育った人間は、人としてカタワということになっちゃう。
(そういう部分もおおいにあるんですけどね。)
僕は何があっても、なるべく心理カウンセラーの世話にはならないようにしてる。
っていうのは、そういうところに行くと、必ず親との関係をほじくりかえされるんだけど、「施設で育ちました」っていうと「ああ、やっぱりね」という顔をされる。
どの本を読んでもそうね。
人格形成におけるつまづきは、たいてい親との関係に起因することになってて。
そういう話になると、僕はもう肩身が狭くてやってられなくなっちゃう。
そんな時は、仕方ないから、そういう設定の人生を引いちゃた以上、それを引き受けてやっていくしかないだろうなって思う事にしてます。

今回のコメント欄では、僕の好きな詩をいくつか引用させてもらおうと思ってますが、次の枠で紹介させてもらう詩は、昨日ここで引用させてもらった谷川俊太郎氏の「ひこうき」と同じくらい好きな詩のひとつ。
いろんなことが自分に不利に感じてやりきれなくなった時に思い出す詩です。
よかったら読んでね。
それでは。

T-Cafeさんへ <S>より
2009/09/22 22:54
「自分の感受性くらい」
          ― 茨木のり子 ―

  ぱさぱさに乾いてゆく心を
  ひとのせいにはするな
  みずから水やりを怠っておいて

  気難かしくなってきたのを
  友人のせいにはするな
  しなやかさを失ったのはどちらなのか

  苛立つのを
  近親のせいにはするな
  なにもかも下手だったのはわたくし

  初心消えかかるのを
  暮しのせいにはするな
  そもそもが ひよわな志にすぎなかった

  駄目なことの一切を
  時代のせいにはするな
  わずかに光る尊厳の放棄

  自分の感受性くらい
  自分で守れ
  ばかものよ


         ・・・いい詩でしょ。w <S>

T-Cafeさんへ 続き
2009/09/22 22:55
木の葉さん、こんにちは。
11歳の時のその思い出は切ないですね。
僕は思うんですけど、途中で何かを失ってその喪失感に苦しむよりは、最初から持たざる人生のほうが幸せだと思う。
物心ついてから親を失うよりは、生まれた時から親の面影を知らないほうが傷が少ないし、人生の途中で障害を背負うよりは、生まれつきの障害のほうが適応は早いんじゃないか、なんて。
そういう意味では、木の葉さん、あなたのその11歳の時の喪失感は、きっと最初から親を知らない僕には想像がつかないような悲しみだったでしょうね。
かわいそうに。
胸が痛みます。

でも人って、他の人とはちがう、ちょっと平均からずれたところに、その人の味わいなり個性なりが存在すると思うから。
そういう意味ではあなたのその喪失感がもたらした傷のようなものが、あなたの人格の個性の一部になっているでしょうし、僕も同様に、僕言うところの「育ちの悪さ」や「ずる賢さ」が、僕の個性になっている部分もある。
まあ、そうでも言って肯定していかないと、やりきれないのが人生ですよね。w


木の葉さんへ <S>より
2009/09/22 22:57
マリーさん、こんにちは。
いろいろと親身になってアドバイスをくださって、ありがとうございます。
伯母のことは、もう諦めているのでいいのです。
僕は未練がましい性格ではありますが、諦めはいいほうなんで。w
やるだけのことはやりましたし、僕なりに言葉を尽くして伯母への思いをあちらの家族には伝えたつもり。
それでもそれを拒まれたのですから、納得はいきませんが、もう諦めるほかないと思って二年ほどがたちます。
マリーさん。マリーさんもそうだったと思いますが、「なぜ」と憤り続けてもどうにもならないことって、たくさんあったでしょう?
僕もたくさんありました。
僕は自分の出生や存在自体が「なぜ」「なんのために」と納得のいかないことだらけ。
だから、そういう事柄に対して「わかんないけど、仕方ないじゃん。受け入れるしかないじゃん」と、ため息とともに諦める術は、わりあい幼い時に身につけてしまいました。
おそらく幼少時にお母さんを亡くされたマリーさんも、そうやってその理不尽な運命を受け入れたんじゃないかと思うんですけど。
他人や運命を変えることはできないけど、自分を変えることはできると思うので、僕は「自分を変える」という努力に関してはいくらでもやるつもり。
考え方を変える、気の持ち方を変える、生きていく場所を変える。
そういったことだけは無限に与えられた自分の自由だと思っていますが、どんなに努力しても他人の考えや人生は変えることはできないと思いますので、そういうことについては、僕はさっさと諦めることにしています。

願わくば、伯母がもう完全に自意識や記憶を失って、僕という存在を忘れてくれていることだけを祈っています。


マリーさんへ <S>より
2009/09/22 22:59
サラダ巻きさん、こんにちは。
僕もいつかはかっこいいことを言いましたが、父への思いはいまだ複雑で、彼とどう向き合っていいかわからないというのが本音です。
父とは、僕が大学を卒業する頃に初めて会いましたが、会う前までは「顔を見たら責めてしまいそうだ」と、自分が怖くて仕方なかった。
 なぜ一度も会いに来てくれなかったのか。
 なぜみすみす母を死なせてしまったのか。
 母と僕の人生に対して何の責任も果たせないまま、
 いったい何を考え、何を思って生きてきたのか。
問い詰めたいことはいろいろあったのですが、実際に顔を見たら何も訊けなくなってしまいました。
僕をまっすぐに見ようともしないその苦渋の表情に、彼を長年責め苛んできた苦悩が一瞬にして見てとれたからです。
彼もまた、母方の祖父母から「生まれた子供は死んだ」と聞かされ、それが真実かどうかを調べる気力もなく、なす術なく生きてきたそうです。
後に僕の伯母から、僕が養護施設に預けられていることを聞かされたそうですが、その時すでに家庭を持っていた父は、僕の所在を調べようとはしなかった。
その後、奥さんとの離婚後に僕の消息を調べてくれたようですが、その時には僕はもう施設を出て、消息がわからなくなっていたそうです。
このタイミングの悪さ、この要領の悪さに、「なんて不甲斐ない」と我が父ながら責めたくなる気持ちも多々ありますが、それでも僕はたぶんこの人を許すしかないと思っています。
「許す」というと、いかにも神の業のような崇高な心がけのように思われますが違う。
これは相手のためではなく、自分のためです。
「許さない」と憎む気持ちは、その人に対してこだわりを持つという意味で、偏愛にも似た執着であると思います。
その人への確執から自由になるためには「許す」しかないこともある。

<続く>
サラダ巻きさんへ <S>より
2009/09/22 23:03

そういう僕にも実は、父でも母でもなく、過去に世話になった人でいまだ「許す」と言えない複雑な感情を持ってる女性がいます。
死ぬまでの間に、自分に関わるすべての人を許し、すべての確執から解放されたい。
そう思ってるので、まだいろいろとこだわりのある今の僕は、まだまだ死ねません。w


サラダ巻きさんへ 続き
2009/09/22 23:03
komichiさん、こんにちは。
komichiさんも複雑なご家庭で育ったようですね。
家出経験もおありのようでしたから、「ただごとではない」空気を感じてはいましたけれども。w

僕が個人的に、成熟した年代のすべての女性に感じる印象として、彼女たちの二面性があります。
母としての顔と、女としての顔と。
一見どちらかの立場に比重を置いて生きているように見える人にも、必ずもう一方の顔があって、それが何かの拍子にふと前面に出てくる時がある。
そこに女性というものの魅力を感じてはいるのですが、彼女たちの家族として、子どもとして、夫としてつきあっている人たちには、その二面性が徒になる時もあるかもしれませんね。
特に家庭を持っている女性には、「女としての顔」を抑圧することでその所帯がうまくいっている部分もある。
だから、無責任に「母である前に女である」などと言って、彼女たちを煽りたくはありませんが、komichiさんのお母さんは、あるいっとき母である自分よりも女である自分の心象に従って生きざるを得なかった時期があったのかもしれません。

何にしても「母」であれ「女」であれ、どちらも突き詰めれば強い生命力を感じさせる存在だと思います。
だから僕の母も、「母としての強さ」か「女としてのしたたかさ」か、せめてどちらかを持ち合わせていてくれれば、どんな境遇でも、地面を這ってでも生きていてくれただろうにと思い、それが残念でなりません。


komichiさんへ <S>より
2009/09/22 23:06
庭花さん、こんにちは。

> もっと早く会いに行ってあげたら

本当にそう思います。
僕は施設を出てから後、しばらく道を誤ってしまった時期がありまして、その間はそれまで世話になった人たちすべてと連絡を絶って暮らしていました。
大学に入ったらもと居た場所に戻って来ようと思っていましたが、いろいろなしがらみから抜け切れずに、休学してしまったり居場所を転々としたりして、なかなか落ち着きませんでした。
ようやく落ち着いて真面目な学生となり、就職も決まって、それまで不義理をしていた人たちに詫びを入れにいった時にはすでに二十代半ば。
伯母の消息を探して会いたい旨をその家族に願い出たのも、ほんの数年前のことです。
今となっては、施設を出てからのその数年のブランクが悔やまれてなりません。
僕なりに精いっぱい生きた時期でもありましたが、その時期の多くの若者が当たり前に経験してきた内省・成長のための思春期を、僕はただ食べていくことだけに明け暮れてガツガツと暮らしていたので、今になって「しまった、手遅れか」と思う事が多いです。
伯母の件も、そんな数ある後悔のひとつとなっています。


庭花さんへ <S>より
2009/09/22 23:07
留加さん、こんにちは。
僕が今の伯母に会いに行けないのは、彼女がアルツハイマーであることだけが理由なのではなく、これまでのいくつかのコメントに書いてきたように、あちらの家族に拒まれているのが原因なのですが、彼らを憎みたくないために、僕なりにこう理解しています。
留加さんがコメントでも書いてくれていたとおり、痴呆やアルツハイマーなどの患者を看護する家族の苦労って、想像を絶するようですね。
僕もその後、似たような境遇で介護の負担に苦しむ人たちを知り、伯母の境遇だけでなく、その家族の苦悩について少し考えられるようになりました。
心身をすり減らして介護しているそんな苦労のさ中に、大昔のセンチメンタリズムを持ち出して「会いたいです」などと言う見知らぬ男の電話が来る。
それに好意的に応える心の余裕が彼らになかったとしても、誰が彼らを責められるでしょうか。
今さら何の助けにもならない。
そんな存在の僕の感傷が「それどころじゃない」と退けられても、それはそれで仕方ないかな、と今は思います。

それにしても留加さん、ここのところの俺、深刻な記事が続いてごめんね。
退屈でしょう?
これはこの時期の俺のビョーキみたいなもの。
季節性のうつ病かしらん。
秋口はいつも俺、キャラが変わってしまいます。w
でも10月に入れば大丈夫。(^^)v
次にはまたハレンチでスケベな俺サマになって、しょーもない記事をお届けしますんで。
お楽しみに。


留加さんへ <S>より
2009/09/22 23:10
鈴さん、ありがとう。
いやなガキにも五分の魂。
本当はそういうクソガキほど、ぎゅうって可愛がってやらないと、あとあとろくなことにならないんだよね。
俺がいい見本だよ。w
あ、うそうそ、俺は今も昔もいろんな人にかわいがってもらいましたので、もう思い残すことはありません。
(*^^)v

でもね、ナイショだけど、俺、嫉妬深いの。
(あ? 有名?)
嫉妬なんて、「おんなへん」だらけの文字だから、できれば女の専売特許であってほしいんだけど、違うんだよねえ。
俺がどうしても克服できない自分の闇の部分があるとしたら、その8割はこの「嫉妬」だね。
他の人が羨ましかったり、妬ましかったり。
自分をもっと見てほしいっていう自己顕示を、好きな人にはついぶつけてしまうし。
最近、僕が女性とちゃんとつきあわないのは、女性陣に不満があるわけでは全然なくて、自分自身のそういう幼稚さとつきあうのがいやだから。
誰かを独占しようと思ったり、嫉妬したり、自分に自信がなくなったり。
そういう自分の心の動きが絶対に煩わしくなるってわかっているから、今は誰ともつきあいたくない。
一生そんな自分から逃げ回ってるわけにもいかないから、今に誰かが現れて、また幼稚な自分と向き合わざるを得ない時も来るだろうけど、今はそういう時期じゃないって、なんとなく感じてる。
そんなこと言ってるうちに、俺もいわゆる「草食系」になっちゃうのかな。w


金の鈴 銀の鈴さんへ <S>より
2009/09/22 23:12
魔女さん、こんにちは。
僕もまだまだ大人になりきれていない自分に、ほとほと困っています。
特殊な生い立ちのおかげで、いろいろな人の同情と厚意に甘えて生きてきたせいか、「いつまでも子どもみたい」ってよく言われます。
天真爛漫というのとはちょっと違って、自分勝手とか無謀、みたいなニュアンスで言われてるようです。w

伯母の件は会いに行くタイミングを逃してしまいましたが、実は僕にはまだ他にも「もう一度会いたい」と思ってる人がたくさんいます。
でもやっぱり腰が重くて、たぶん自分から彼らに会いに行こうとは思わないだろうな。
会いたくても会わないほうがいい人っていると思うし。
そしてタイミングが悪くて会えない人たちというのは、それは会わないほうがいいから縁がなかったとも言える。
だから、いま現在、僕のまわりにいる人たちを、将来会えなくなる時が来ても後悔しないように、日々目に焼き付けてつきあっていくしかないのかなって思います。


魔女さんへ <S>より
2009/09/22 23:14
∞メリーゴーラウンド∞さん、こんにちは。
メリーゴーラウンドさんは、お仕事柄、いろんな境遇の人たちに出会うでしょう?
その度心を痛めていたら身がもたないから、「世の中そういうもの」と思ってやり過ごすしかないこともあるでしょうね。
他人の不幸に、知らない間に自分が傷を負ってしまうこともあるから、どうか心を強く持って、自分の情緒を守っていってね。
不幸って感染るからさ。w

僕も一時的に「社会の不良分子」だったことがあるし、自分の人格のアンバランスさを目の当たりにした時には、人知れず「やっぱり育ちのせいか」なんて責任転嫁しちゃうんで、あまり買いかぶらないでほしいんですけど。
でも、不良分子にも生きる価値はあるから。

最近、ある本の一節から、以下のような引用文を見つけました。
僕がいつも宗教の存在意義について考える時に感じていたことが、他人の言葉でここに書かれているのを見て、なんだかとても感動してしまった一節です。
しかも宗教関係でもスピリチュアル系でもない、法律の本において、だったのが意外でした。
内容は基本的人権に関わる「個人の尊厳」という考え方についての説明文です。

[以下、「法律学小辞典」(有斐閣)より引用]
∞メリーゴーラウンド∞さんへ <S>...
2009/09/22 23:17

(個人の尊厳という考え方は)各個人の価値を裁定するのは神であって人間でも社会でもないという価値認識を前提にしている。
社会的に無意味な生であっても、あるいは反社会的・非道徳的な生き方であっても、それがこの世に置かれたのにはそれなりの根拠があると考えるとき、社会は、異端の存在から自己を防衛するために措置をとることはあっても、異端者の存在自体を否定することはない。
                 (引用おわり)

日本の代表的な法律学辞典であるこの書物に「神」という言葉が出てくるのですから、驚きました。
でもこの一説は、僕が個人的にずっと「異端者」「犯罪者」「悪人」といった存在について考えてきたことと、あまりにも一致しているのでここに引用させてもらいました。
僕は「法」というものは、こういった異端者や悪人を裁くために機能するものだと思っていたので、法の精神の基底にこのような思想があることを知ったとき、法を扱う人間というものの良心が、決して神のそれとかけ離れたものでないことを知って嬉しくなりました。
僕らは自分を肯定したくてたまらない生き物ですから、まずは他者を肯定することから始めなくてはならない。
法の精神がそういうことを語っているようで、そんな法律というものを考え出した人間社会に、僕は希望を見出したような気持ちでいます。


∞メリーゴーラウンド∞さんへ 続き
2009/09/22 23:19
ん?いつもと違う感じでコメントしたから。何かを感じ取りましたね。。。なんて。(笑)
そんな風に書くところがシバタさんですね。さすが、ハート泥棒。(ここでも使っとこう。(笑))
ただ、タイミングを逃して、コメント欄を読むのがしんどかっただけですけど。(今、大体?読みました!)
でも、私、今回の詞の毒の無い方が安心した反面、なんかやっぱり気が抜けてたのかな?
(^-^;

シバタさんは相手側の気持ちまで考えて、会いたいけども会うのをやめたのね。その気持ちはそんなにも大きくなかったということ?
私は介護側だった時もあったけど。確かに、周りから何を言われてもうっとおしかった。介護と自分の持病もその頃あったから。それだけで精一杯だった。
だけど、電話とか手紙が伝わりにくかったとしても。もしかして、強引に来られたら、イヤでも話はしたかな?
お見舞いという形で来たら、ましてや深いつながりのある人だったら。しかも遠くからはるばる?だったら。
普通だと、断れない気がするなー。。。その親戚の方々は相当厳しそうな気がするけど。。。
会って話したら、もっと誠意が伝わるかも。もしかしたら、チャンスができるかもしれない。
でも、シバタさんの気持ち次第ですね。会いたいと思う気持ちが最大になった時にそんなパワーが出て来るかも。

思い切って、お休みの時に、長崎まで行ってみては?
シバタさんは伯母さんと似てるんでしょう?顔を見せることによって、説得しやすいんじゃないのかな?
うーん。重要な時に、そのハート掴み!はできないの?(笑)

そうや!自宅で療養されてるのなら入り込めないけど。。。病院なら、親戚です。と行って、受付で病室も教えてもらるのにね。病院が分かったなら?ですけどね。(笑)
留加
2009/09/23 02:29
こんにちは。ハート泥棒のシバタです。w
すてきな異名をありがとう。

> 重要な時に、そのハート掴み!はできないの?
るっせーなあ。w
できないんだよ!
「とりつくしまもない」ってやつでした。とほほ。
伯母が自宅療養なのか入院なのか、それは聞いてない。
それに、もういいんだ。
そこまでして会いたかったわけじゃないから。
もし本人が会いたがってるのなら、なんとかして、って思っちゃうけど、別にそういう話でもないし。
ただ俺がふと思い立って「会いに行こうかな」って思っただけだから。
そう、単なる思いつきだったの。
俺って気まぐれだから。
そのわりには諦めも早いんだ。

それより親父。
あの人とも、なんていうか、こう、もっとうまくやれないもんかしら。
何年か前、就職が決まった時に挨拶に行って、それっきりなんだけど、実は初めて会ったその翌年、彼岸だか盆だかに、「墓参りに来ないか」って声をかけてもらったんだ。
ちょうどその時期に、会社の研修が入ってて国内にいない予定だったから断ったんだよね。
そしたら何か他意があると思われたのか、それっきりまったく声をかけてもらえなくなっちゃって。
あれ以来、彼岸や盆の前になると「こっちから声かけてみようかな」なんて思うんだけど、そういうシーズンって、俺の業界忙しいからどうせ休みもとれないし「ま、いっか」って思っててそのまんま。
でも心のどこかで「連絡来ないかな」なんて期待しちゃう。
今年も何もなかったけどね。
初めて会った時に「きみを見ると○○(母の名前)を思い出してつらいんだ」って言われたから、なんか俺から連絡とりづらくなっちゃった。
年賀状のやりとりはあるんだけどね。

ハート泥棒さまは、身内のハートはなかなか掴めなくて。w
意外と不器用なのよん。


留加さんへ <S>より
2009/09/23 02:56
そうなのかー。では、この際、伯母さんの分も!お父様に注ぎましょう!(笑)
お墓参りって、別に、いつ行ってもいいんだもん。
お父様とシバタさんの都合さえ合えばねー。とにかく、それを理由にして、お話できるじゃない。
キッカケというのが大事だから。。。頑張ってみたら、どうでしょうか?
(^_-)vブイブイッ
留加
2009/09/23 04:06
ブイブイッて言われても・・・。w
まあ、でもそうよね、俺からはたらきかけるしかなさそうだよね。
父の半生の顛末を見るに、とても自分から積極的な行動を起こせるとは思えないからなあ。
手がかかるぜ、まったく。
まあ、機会があればそのうちね。

あの人には、もっと自分から勇気出してほしいんだけどね。
初めて会いに行ったのだって、俺からだったし。
そう思うとあの年、俺を墓参りに誘ったのは、彼なりの死にものぐるいだったのかもしれないね。
となると、次は俺が折れる番ってわけか。

あーあ、男親とのつきあいって面倒くせえ。
みんなどうやってるんだろうなあ。
野郎づきあいは、上司とも同僚ともアニキたちとも屈託なくやれるのに、なんであの人とはうまくやれないんだろう。
親父のあの陰欝な顔を思い出すだけでユーウツになるよ。
個人的には嫌いじゃないんだけどなあ。


留加さんへ 〈S〉より
2009/09/23 11:43
↑ギャクバージョンで(ギャグ!ではない)

息子とのつきあいってめんどクセーと
思ったりもする不埒な父親であります。

まあ、ある種な写し鏡に食傷というか
天高く青き空のどっかで繋がっていると思っていれば
いいかなあと・・・よっぽど困らんとこっちには
連絡よこさんし
まあ、そんな感じもありかなと思う秋かと。
└|∵|┐高忠┌|∵|┘
2009/09/23 13:07
こんにちは〜
お父様も、お母様とS様のことでは誰にもぶつけることの出来ないやるせないお気持ちを胸に秘めて生きてこられたのでしょう。
最愛の人と引き離された悲しみ、待ち望んでいたわが子が死産と聞かされて立ち直るのがやっとだったのではないかしら。
そして死んだと思っていた子が生きていて、自分が共に暮らすことも出来なかったという無念な怒り。・・私なら、生きて会えたことは嬉しいけれど、親として何もしてあげられなかったことへの悔しさが胸にこみあげますね。
わんわん泣くわけにもいかないし。
それだから、陰鬱な表情なのです。
すーと幾星霜、心晴れることなく心に春がこなかったのではないでしょうか。
S様には、ともに暮らすことが出来ないお父様だったけど、悲しみを乗り越えるために黙々とお仕事に励んでこられ、その道の第一人者になられたのでしょう。
このお父様の心を軽くして安心を贈れる人は、S様以外にはいないのです。
お父様の笑顔を取り戻してあげて欲しいです。
素敵なS様の笑顔と優しい言葉でね。
お墓参りは、いつ行ってもいいのですから。
むしろ、お彼岸をさけて行かれたほうがいいかも。
お家の方が飾られたお花でいっばいでしょうからね。

織り姫
2009/09/23 13:23
 つづきです。
お父様に、お仕事の近況報告とか、
お得意のお料理を作ってさしあげるとか。
親子で温泉など如何でしょう。
お父様に喜んでいただけること、
いっばいしてあげて欲しいナ。
親孝行できる喜び、親が亡くなってからではできませんもの。今の内です。
もっとお年をめされたら、どこへも行かれないですし
お仕事でお疲れでしょうけど、年に一度くらいは、お時間作ってあげてね〜。

織り姫
2009/09/23 14:04
こんにちは、Sさん
施設で皆に愛されて育ったという事に希望を感じます。
「スープの冷めぬ仲」と言うのはちょっと乱暴ですが、身内より尊い愛情を受けることもあります。
私は父が過干渉、過剰愛情で呪縛でした。
でも離れた今、父の体を心配する気にもなれました。
呪縛が解けたという感じです。
人って何歳からもやり直しができるし、幸せになる権利を持っていると思います。
私を見て不遇と思う人もいるでしょう。
でも私は今、幸せなんです。
ありがとう現象かな??(笑)
価値観は人それぞれ違います。
おかれた状況でどうやって”今”を過ごすか。
今の繋がりが未来になります。
後悔のない様な今を繰り返してくださいww
betty
2009/09/23 16:54
こんにちは(^−^)
血の繋がった親子、血の繋がりはなくても親子。
どちらもやっぱり親子なんですよね。
心の繋がり・・・
この伯母さまはSさんの事が本当に大切に思っておられたんでしょうね。
元気なうちに会えなかったのは残念ですが、まだまだ恩返しできる事はあります。
そして伯母さまが注いでくれた愛情を忘れない事・・・それが何よりの恩返しかもしれませんね。
ルナ
2009/09/23 18:01
久々に
ここに来てみた。
もしかしたら
S君は
皆が
「高い所から落ち」ない
ように
今の仕事に就いたのかと
思ったりした。

お母様の姉妹なら
伯母様はまだそんな
高齢では
ないと思います。
色々考えすぎると
会えなくなる。
アルツハイマーでも
親戚が
どう思っても
会う事は遠慮する事はない
と思いました、、。
無責任だったら
ごめんなさい。
では。


ゆゆ
2009/09/23 18:32
こんばんは。
「なぜ」と憤り続けてもどうにもならないことって、私にも沢山ありました。
そして仰る通りその理不尽な運命を受け入れてもきましたし、ある時から私には親はいない。私は居候しているんだと自分なりに割り切ってきたつもりです(^^)
よく「この世に生を受けたのは理由がある」とか「今のこの悲しみにも理由がある」なんて聞きましたけど 子供だった私にはその理由がどぅ考えてみても判りませんでした。
両親の介護もそうでしたが実家の仏事事等も全てと言っていいくらいに殆ど私がこなします。それは偶々身体の空いているのが私しかないと云うこともあるのですが、「あなたはその為に生まれてきた」と云われればそうかもしれないね。と この年になって思うようになりました。

<僕は「自分を変える」という努力に関してはいくらでもやるつもり>
良いことだと思います。
『人を変えようと思ったら 先ずは自分から』
これは自分が何も改められていないのに、人に変われ!と云っても何の説得力も無いと云うことだと私は解釈していますが、それも相手の人間性みたいなものにも因りますよね。なのでシバタさんの
<僕はさっさと諦める>
は 間違ってないと思いますょ。
でもね 他人の考えや人生を変えることはできないけれど 影響を及ぼすことは出来ると思うんですょ。
なので どんな時も自分の思いを訴えて自分なりに出来るだけのことをやって後悔しないようにしてくださいね。
マリー
2009/09/23 19:16
お父様とはお年賀のやりとりをなさっているのですね。
お母様のお墓参りの件は お彼岸やお盆は仕事の都合で難しいけれど、一度ご一緒させていただきたいです。みたいなことを年賀状の端の方にでも一筆添えられてみては如何ですか?
いきなり連絡をするのは勇気が要りますが、年賀状ってそう言う意味では便利だと思います。お互いに心の準備が出来ますしね(^^)
今すぐには無理かもしれませんが、いつかお互いが普通に接することが出来るようになる日がやって来ると思いますょ。
焦らなくても大丈夫です(*^-^)♪
マリー 続き
2009/09/23 19:16
高忠さん、こんにちは。
そうなんだ。
息子とのつきあいって、「めんどクセー」のね。w
そう言えば俺の同僚とかも、父親との折り合いがビミョーで、面倒くさがってるヤツ、多いわ。

> 写し鏡に食傷
・・・なるほどね。
俺は親父と顔はあんまり似てると思わなかったけど、骨格や姿勢の感じが似てると思いました。
あと、はからずも同じような分野に職を得たことが驚き。
親父は学者なんで理論で。
俺は技師として実践で。
航空工学という狭い分野で鉢合わせたのは親子の縁かもしれません。
いや、ちがうな、俺がちょっと意識したせい。
同じ工学畑で生きていくのなら、少しでも父のそばに行きたかった気持ちがあったのかもしれません。
そして、親父の了承を得て、僕の履歴に父の名前を使わせてもらったので、この業界にもぐりこめたのは、父のおかげもあるんじゃないかと思っています。

> よっぽど困らんと連絡よこさんし
僕も父に「何か力になれることがあったら、いつでも来い」と言ってもらいました。
その言葉をお守りがわりにしていますが、就職以来、特に頼る必要もないし。
あ、でも父の論文はいつもチェックしています。
男としては手本にしたいと思いませんが、学者としては優秀な人だと思っています。


└|∵|┐高忠┌|∵|┘さんへ  <S>...
2009/09/23 21:57
織り姫さん、ずいぶん親父の肩をもつね。w
いいんですけど。
いちおう肉親だから、罵られるよりはありがたいですけどね。

でもさ、温泉旅行?
料理をつくってもてなす?
そこまでしないとダメかしら。
親孝行って、一人前になるまで育ててもらった恩を返す行為でしょ。
僕は、そこまで父に恩義を感じてないので、世間でいうところの「親孝行」をするのは、ちょっと抵抗があるな。
そりゃ、就職の時、親父の名前を使わせてもらったけど、あの人が父親ってのは本当のことなんだし、そのくらいの恩恵を受けてもいいんじゃないかと思ってるよ。
それでちょうど「チャラ」だと思う。

あの人は母に対して何もできなかった。
俺にたいしても。
だから、晩年くらい、自分から能動的になってほしいと思う。
俺から歩み寄るなんていやだ。
そこまで何もかもお膳立てがないと、血のつながった息子との関係ひとつ回復できないような男に、俺が気を回してやる必要はないと思ってる。
とはいえ僕も、唯一の肉親を邪険にしたくはないので、次に挨拶に行くときは、ヨメさんでもつかまえて所帯を持つ時かなって思ってます。
てゆうか、温泉旅行なんかより、それがいちばんの親孝行だよね。
まだまだ先の話になりそうだけど。w


織り姫さまへ <S>より
2009/09/23 22:01
bettyさん、まずはあなたに謝りたいことがある。
上のほうの木の葉さんあてのコメントで僕は、
> 途中で何かを失ってその喪失感に
> 苦しむよりは、最初から持たざる人生の
> ほうが幸せだと思う。
と書き、それに続けてこんなふうに書きました。
> 物心ついてから親を失うよりは、
> 生まれた時から親の面影を知らないほうが
> 傷が少ないし、人生の途中で障害を
> 背負うよりは、生まれつきの障害のほうが
> 適応は早いんじゃないか
この後半の「人生の途中で障害」云々を書いたとき、僕は、はっきりとあなたのことを思い浮かべていました。
あなたが読んだら傷つくかなって思ったけど。
あなたのこと、よく知らない癖に、俺ごときの孤児に勝手に同情なんかされたくないよね。
> 私を見て不遇と思う人もいるでしょう。
> でも私は今、幸せなんです。
だから、あなたのこの言葉には、僕自身が癒された。
ありがとう。

<続く>
bettyさんへ <S>より
2009/09/23 22:07
肉親の過干渉・過剰な愛情って、それはそれで大変みたいですね。
俺のまわりにもいる。
子どもはもういい大人になってるのに、いつまでも干渉してくる親に苦しんでる人って。
「あなたのためを思って」ってやつね。w
ああいうのって、子どもが自分の分身みたいになってるんだろうね。
子どもの人生が自分の中の「成功者」のイメージに仕上がらないと、自分自身の人生も成功したことにならない人たち。
僕はそういう親の人生の小道具にされなかった点では、非常に安楽な人生でした。

施設のきょうだいの親の中にはもっとひどいのもいて、自分が子どもを捨てた癖に、その子どもが成人したら、今度は子どもに頼って経済的に寄生する親もいる。
そんな親、突き放せばいいのに、「頼ってくる」というのを、子ども時代に飢えてた「愛情」と取り違えて突き放せないんだよね、ヤツら。
だから骨の髄まで利用されてボロボロになってるきょうだいたちもいる。
ああいうのに比べると、俺の肉親たちは、最後まで俺を遠巻きにしてるから、首尾一貫してるだけエライってもんです。w

俺も、今さら父とべったりってのも気詰まりなんで、お互いに楽な距離でつきあっていければな、と。
となると、今みたいに年賀状のやりとりするくらいがいちばんいいのかな、なんてね。


bettyさんへ 続き
2009/09/23 22:08
ルナさん、こんにちは。
伯母のことは一生忘れないと思う。
でも伯母も罪な人だよね。
僕の中の「女性」の原型に、おおいに影響を残したと思うから。
美人で上品で凛としてた。
理知的で教養を感じさせる、媚びないしなやかさ。
俺がいつまでも結婚しなかったとしたら、この人のせいだよ。
俺、彼女のせいで理想が高いのかも。w


ルナさんへ <S>より
2009/09/23 22:09
ゆゆっち、元気ィ?

> もしかしたら
> S君は
> 皆が
>「高い所から落ち」ないように
> 今の仕事に就いたのかと
> 思ったりした。

・・・文学的な解釈ですね。
ゆゆさん、国語の成績よかったでしょ。w
こういう、無意識の領域を突いてくるような他人の分析って、嫌いじゃないです。
夢があっていいですね。

僕がメカニックの方面に進んだのは、人と関わるのが煩わしかったこともあるし、実父がそっち方面の人だったから、親近感とライバル意識が混じり合った気持ちがあったというのも理由だと思ってます。
単に知的な職業に憧れてたところもあったけど、デスクワークはいやだったから、職人っぽい技能を身につけたかったってのもあるし。
でも、本当のところはわからない。
案外「前世の影響」だったりしてな。
(オーラの泉かよ。w)


ゆゆさんへ <S>より
2009/09/23 22:11
マリーさん、こんにちは。

墓参りって、俺、彼岸や盆にしかしないもんだと思ってた。
いつ行ってもいいものなんですね。
留加さんも言ってたし。
そういうことも知らないの、俺。w
教会の行事には詳しいんだけど、仏事の知識がぜんぜんなくて・・・。
いい事をききました。
ありがとうございます。

墓参りとか、初盆とか、そういう仏教系の行事には昔から興味があったので、友人が父親の初盆で里帰りする時に一緒についてって、ひととおり見物させてもらったことがあります。
沖縄だったから、これはこれでちょっと本土のお盆とは違って特殊だったけど、面白かった。
エイサーとか見せてもらって、酒飲んで歌って、楽しかった。w
その友人モトハシ(仮名)は、極道の世界の劣等生で、俺と同じく使い道のない半端モンだったから、デートボーイだった俺の運転手兼用心棒みたいなことさせられてたヤツなんだけど、地元に帰ったらちゃんと地元の行事に参加するし、仏事はきちんとこなすしで、「真面目じゃん」ってびっくりした。
そう言えば、極道の世界も、葬式とはきっちりキメるから、たとえアウトローでも仏事くらいはちゃんとこなせないとダメなんですね。
そういう意味では、墓参りのしきたりひとつ知らない僕は、社会人としてちょっと肩身が狭くて。
父との関係がどうこう言う前に、一度ちゃんと自分の家の先祖の墓を見てみたいしな。
うん、父が存命中に、墓参りくらいさせてもらおうかな。
そうしよう。
そのうちね。(←これがいけないんだけど。w)


マリーさんへ <S>より
2009/09/23 22:14
気が向いたらで良いと思いますょ(^^)
私は毎月両親の月命日の中間辺りに行きますけど、これも絶対こうあるべき!みたいな決まり事はないので 思うようになさればいいと思います。

私の思い違いだったら申し訳ありません。
昨日からズッと気になっていたのですが、精神的に(?)とても疲れてらっしゃるのではありませんか?
この季節はそう言う季節かもしれないし、お忙しいのかもしれませんけれど あまり御無理をなさいません様にね(*^-^)♪
マリー
2009/09/23 22:27
人の心、というか、思惑って言った方がいいのかな。
変えるのは難しいよね。それが真剣にその人の為、なんて思ってる時は。
それに、自分自身の受取り方によってもまたニュアンスも変わるし・・・

と、伯母さまのご家族の反応やお父様の事を読んで思いました。
どうあがいても自分では変えられないことってあるよね。何かのきっかけで、変わることがあるといいですね。
もしそのチャンスがあったら、その時は、ね。

そっか。人は人を罰することはできなくても許すことは出来る・・・はずなんですよね。
私は許せるかなあ・・・
多分、私は許すというより怒りが薄れるって感覚かもしれないなあ。

しかし、個人の尊厳は神が定めるものという下りが法律学にあるなんて初めて知りました。
公平で絶対的な存在といったら、やはり神という言葉を使ってしまうのかもしれないけど、それでも驚くなあ。

なんだか、だらだらとコメ入れてしまいました。
趣旨はなんだったかなあ・・・
あ、誕生日だ。
色々な思い出がある誕生日ですね。楽しい事だけではない。
それでも、この世にこうしている記念すべき日ですね。人が生まれるって、本当に奇跡だと思います。
だから、やっぱり言いたいです。
お誕生日、おめでとう。

あ、しつこい?(笑)
vino_seco
2009/09/23 22:55
お早うございます
アルツハイマー。。。
本文を読み終えて何故会いに行かなかったの?
と思いました
でも あちらのご主人に断られたのですね。。。
そのご主人の言葉にものの哀れを感じます
いつかそのご主人の心が解けて
シバタさんの伯母さんへの思いが
伝わる事を願ってやみません

外に出て初めて分かる環境の違い
温かさ
様々なシーンを経て今のシバタさんが
あるのね
自分の内面を見据える事
様々な葛藤から得られる学びを
糧に生きて 伝える事
憎しみも悲しみも
闇も光もコインの裏表
どちらが欠けても生きにくい
綺麗事だけで生きていけない環境なら
その中でどう生きるか
生きるために身に付けた物は数々あれど
人を許す事 
それは自分の様々な感情を
受け入れ ありのままに自分自身を
認め表現する事
今又素晴らしい方達に囲まれた
シバタさんの人生生き切ってください
飛鳥
2009/09/24 10:34
あぁ〜〜疲れた眼が。
ここまで読むのに・・・

少々、遅くなりましたが、
気がつきました。

シバタくんに
お誕生日の
お祝い言うの、
忘れてました。

お誕生日 あめでとう。

ついでに、ちょっと一言。

  ↓あなた自身があなた自身を
   許すことが
   先決ではないかな?
   飛鳥さんと同じで、
   まずあなたが
   あなたを受け入れないとね。
   あなたの中のインナーチャイルドが問題だよ。

””死ぬまでの間に、
””自分に関わるすべての人を許し、
””すべての確執から解放されたい。
きらり
2009/09/24 18:33
また、云い忘れました。
最近、忘れっぽい(~_~;)

あなたの生まれた境遇が
あなたのせいでもないのだから。
(もちろん当たり前ですが・・)

あなたを生んでくれたお母さんに、
引き取ろうとした,伯母さんに
あなたを 遠くから見つめているお父さんに、
今あなたに関わったすべての人に、

 感謝すること。ありがとうと・・

お墓参りにも行った方がいい。

お母さんは、現世に いなくても永遠に
あなたを、見ているとおもいます・



きらり
2009/09/24 18:50
何と申し上げれば・・・

シバタさんの今までの道・・・

きっと、今の温かい人たちに出会うための必然だったのかもしれません。

私が最近別のブログで知り合った、
現職の牧師先生が居ます。

彼は、私より4歳上ですが、
元やくざで、前科も有ります。
一言で言うと、

人は救われる価値がある。

じゃ無いでしょうか?

今、しあわせですか?
門前の小僧
2009/09/24 21:34
マリーさん、こんにちは。
僕、疲れてます?
どうしてそう思った?
(自分で言ってたかも。w)
そんなに疲れてるってことはありませんので、ご心配なく。(^_^)v

ただね。
毎年、誕生日の頃ってスランプ。
秋のメランコリーが僕を襲うの。www
祝福されなかった自分の誕生を呪っているのかしら・・・
なんて言うとあまりにも自分に酔いすぎですね。
こんなふうに自分の感傷を見せびらかしたり、人のブログのコメントに感傷的な詞をお見舞いしてみたり、普段の俺だったらあり得ない痴態を平気でさらすようになる。
たぶん脳内にセロトニンが不足しているんだと思います。
人の感情って、脳内の分泌物に支配されてるらしいので、クスリをやればどうにでもなるそうですけど(もちろん合法のね)、俺は薬物による感情のコントロールはしない主義。
最近陽に当たってないからなあ。
格納庫に入り浸り。
おひさまの下でかわいい女の子といちゃいちゃしたらすぐ治るんだがなあ。(-_-)
その程度のもんですよ。w

マリーさんへ 〈S〉より
2009/09/24 22:55
vino_secoさん、この前はお誕生会を催してくれてありがとう。
人に祝福してもらうって、うれしいもんだね。
胸がじんわりしちゃった。
俺もいっぱしに、神様に大切にされてるんだなって思えるわ。w
> お誕生日、おめでとう。
> あ、しつこい? (笑)
ううん、しつこくない、しつこくない。
何度でも言って。
何度も何度も。
キスするみたいに、何度でも。
(調子にのってると、そろそろ回し蹴り来るな、マジで。)


vino_secoさんへ 〈S〉より
2009/09/24 22:56
飛鳥さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
あなたの言葉、深く胸に刻みます。

飛鳥さんのところで触れた「邪宗門」の北原白秋。
彼の詩集は絢爛壮麗な「邪宗門」より、もう少し素朴な「思ひ出」のほうが僕は好きです。
コメントへのお返事がわりに、その中から一篇をここに引用させていただきます。
こうなったら、どこまでも感傷的にいくぞ。w
ありがとうございました。

「恐怖」

 乳母なれどわれは恐れき。
 夜も昼も『和子よ。』と欷歔(さぐ)り
 『骨だちぬ。』われを『死なば。』と、
 母よりも激しき愛に、
 抱擁(だきし)めつ。――『かなし。』とばかり。
 
 乳母なれど、せちに恐れき。
 執着よ、臨終(いまわ)の刹那、
 涙なき老の眼は、
 母よりも激しき愛に
 我みつめ――青く白みき。
 
 乳母なれど、いまも恐れぬ。
 疑問(うたがい)に悲しみ乱れ、
 わが泣けば馴寄(なよ)り水如(な)し、
 『吾子よ、吾ぞ。』(夜は二時ならし。)
 『汝が母。』と――青き顔しぬ。



飛鳥さんへ 〈S〉より
2009/09/24 22:58
きらりさん、こんにちは。
ごていねいに「おたおめ」、ありがとうございます。
そんな、お気づかいなく。
僕はまだ今後もイヤッていうほど、誕生日を迎えるからね、あなたと違って。(←憎まれ口)

誕生日プレゼントがわりのあなたのコメント、深く受け止めたいと思います。
本音を言えばね、自分を許すとか、すべてに感謝みたいな、いかにも牧師あたりが言いそうなことは苦手なんだけど。w
だって自分を許すも何も。
俺、悪くないもん。
そりゃ日常レベルでは小さな罪はいっぱい犯してるけど、生まれ落ちた瞬間の「原罪」みたいなもんは、いくらクリスチャンに言われてもピンと来ないし。
確かに俺が生まれたことを迷惑に思った人たちがいたようだけど、迷惑がられてもシバタ困っちゃう。
そこは心の底から開き直ってるつもり。
「生まれてきてごめんなさい」とか言ってるボンボン作家には言わせとけ。
俺はとにかく悪くないから。
でもその事と、すべてを許せるかどうかは別問題。

<続く>
きらりさんへ 〈S〉より
2009/09/24 23:00
ただ自己肯定とか感謝の気持ちって、頭で考えて、机に向かって「うーむ」って髪の毛かきむしっててもダメなんだよね。

おだやかな夕暮れの浜辺で。
雨上がりのアザミの花の水滴に。
森閑としたシラカシ林で、鳥の気配を感じて見上げた梢に。
そういった自然に出会った時、ふと自分が空っぽになったその瞬間に、しみじみ感じるものじゃない?
ああ、あの時死ななくてよかった。
存在してるって、ありがてえ。
あの無言の風情をかみしめる瞬間。
そんな瞬間はね、こんな俺でも「いやー、ありがとう、ありがとう!」ってすべてに手を差し出して、ぶんぶん握手したくなるんだよ。
そういうんじゃダメ?


きらりさんへ 続き
2009/09/24 23:01
小僧さん、こんにちは。

前科者の牧師さんね。w
いるんだよね、けっこう。
俺もそういう人に世話になったことありますよ。
新宿の繁華街の、雑居ビルの一室で教会やってて。
寝る場所がなくなると転がりこんでた。
やっぱり迫力ある人だったなー。
「渡世の親への義理もええが、神の子として義を果たさんで、どないしよんじゃ! え?」
説教だか脅しだかわかんない感じ。(笑)
指、ないし!
下手な組をバックにつけてる幹部よりも、神様バックにつけてるから、恐いもの知らずだし。
ヤクザになる前はボクサーだったから、こぶしつぶれてるし。
聖職者にもいろいろいるんです。

「救われる価値」と小僧さんはおっしゃる。
俺もよく「救い」という言葉を使うけど(キリスト教では日常語だからね)、本当の意味で俺自身が「救い」を欲したことがあるかというと、ちょっとわからない。
まだそこまで追い詰められたことはないような気もする。

<続く>
門前の小僧さんへ 〈S〉より
2009/09/24 23:04
本当の苦悩は、肉親を恋しく思う気持ちとか、食い詰めた貧しさとか、意に沿わぬ生業に身を落とすとか、そういうわかりやすい憂いの中にはなかったと思うの。
たぶん俺が本物の苦悩に出会うとしたら、これからだと思う。
衣食足りて、満ち足りて、我と我が身をじっと見つめる、ある夜更け。
そんな時にたぶん、耳鳴りのように、自己存在を脅かすような何者かの怒声が、頭ん中にわんわんと響き渡る時が来るような気がするよ。
そんな時に人は本気で「救い」について考えるんじゃないかな。
そのヤクザの牧師さんたちにも、きっとそんな夜があったんだろうね。

俺はね、そんな夜が来るのが恐くて、つい夜勤入れちゃうの。w
今日も夜勤♪


門前の小僧さんへ 続き
2009/09/24 23:05
こんばんは〜
連休もお仕事お疲れさまでした。

たぶんお父様はS様が思ってらっしゃる以上にS様に心の中で詫びてみえて、肩身がせまいのでは?。
職業も営業関係や、対人関係の人ならば言葉にするのも上手く言えて能動的になられるでしょうが。
会えなければお電話でも嬉しいものでしょうね。
> ヨメさんでもつかまえて・・

もちろんょ、それが一番いいにきまってますからね。
しつこくて叱られそうだけど、
親という目をはずして一人の学者様、一人の男、人間
としてお付き合いできたらいいかなとも思います。
いろいろ教わることもいっばいあるでしょうし、なかなか学者様となんて親しくなれないですもん。
学者様とお友だちになる気持ちで、どこかでお食事なんてかっこいいしね。そんな人が親だったなんて、S様幸運でかつこいいですよ。
お母様もとても素敵な人のようですし、S様も最高にイカしてて、なにもかもS様のすべてが在り難いことだらけね。
ほんのちょつびりあるかもしれない恨む気持ちは、すべて無しにしていいんじやないかしら。ねぇ
 (ちょっと、みーちゃん、はーちゃんぼい?)

今回の少年のS様、少女のS子様が、今もどこかにいるかしら。
私は来月から探して、会いに行こうと思います。
会えた時、どぅしたら喜んでいただけるでしょう。
何を一番望んでいるのでしょう。
私がすべきことは何?品物だけでもいいのかしら?
って迷いながら。・・



織り姫
2009/09/24 23:35
こんばんは。
判りました(^^)
疲れてると云うか 何か心の奥にモヤモヤとしたものがつっかえてるような気がしたのでチョット気になったのです。
お薬を(合法の)否定するつもりはありませんが、使わなくていようにコントロールできるのがいいですものね。
お仕事がお忙しいのでは仕方ありませんね。
でも時間を見つけてお日様にあたってください(*^-^)♪
マリー
2009/09/25 00:59
今回はチョットひつこかったですねm(__)m
レスはいいです。
それだけお伝えしておきたくて(*^-^)♪
マリー
2009/09/25 02:19
シバタくん。
よくわかっているよね。
自己肯定とか感謝の気持ちって
机上の空論ではない。
行動です。

お父さんの、後を追って
職業を選んだ、シバタくん。
そのことを知って
温かい気持ちになりました。

 おだやかな夕暮れの浜辺で。
 雨上がりのアザミの花の水滴に。
 森閑としたシラカシ林で、
 鳥の気配を感じて見上げた梢に。
 そういった自然に出会った時、
 ふと自分が空っぽになったその瞬間に、
 しみじみ感じるものじゃない?
 ああ、あの時死ななくてよかった。
 存在してるって、ありがてえ。
 あの無言の風情をかみしめる瞬間。
 そんな瞬間はね、
 こんな俺でも
 「いやー、ありがとう、ありがとう!」  
 ってすべてに手を差し出して、
 ぶんぶん握手したくなるんだよ。
 そういうんじゃダメ?

    ↑ ダメじゃない。そのとおりです。

あなたは、やはり すごい。
余命いくばくもない(憎まれ口・・笑)私も
おおいに学ぶよ。あなたから。
きらり
2009/09/25 04:11
めっちゃいいお話・・・もう少しで涙の一粒も落ちそうだったのに、写真なくしちゃったんですか?! どっかに行った程度ならぜひ探してください。
伯母様、たとえ重度のアルツハイマーだったとしても、人間の記憶ってすごいと思うんです。どこかで覚えてることもあるの思うので、ぜひぜひ会いに行ってあげて欲しいなって思います。
オレンジ
2009/09/25 11:08
織り姫さま、いつも僕のことを心配してくれてありがとう。
父との関係回復については、アドバイスいただいたことを参考に、そのうち考えてみます。
ただね、ずっと一緒に暮らしてる親子や家族ですら相性ってのはあるみたいですから、僕と父についても、これまでの経緯とは別に、相性の良し悪しってのがあるかもしれません。
父は、なかなかダンディでいい男なんですけど、どうにも口下手でね。
息子の俺があれこれ水を向けてやらないと、心中ひとつ語れない。
正直、一緒にいるのも気詰まりで、顔を合わせていて楽しい相手でもないけど。
でも、世間の父と息子って、どこもこんな感じなんでしょう?
それに俺たち、お互い身寄りのない独身男同士だし、シンパシーは感じるから、まあ険悪にならない程度にテキトーにやっていきます。

はげさんのところでも読みましたが、織り姫さん、養護施設の子の慰問をしたいの?
あなたは優しいから、そういうこと、いつかするだろうなって思ってましたよ。
今どきの彼らが喜ぶことがどんなことなのかわからないけど、個人的に思うことは、「同情」という土産を持っていってつきあうのではなく、単に普通の子どもとして向き合ってあげてほしい、ということ。
ああいう子たちって、俺もそうだったけど、同情でも憐憫でも何でもいいから、自分に向けられる関心に飢えてたりするんだけど、小さいときからあまりにも当たり前に「同情」の味になれちゃうと、「俺はカワイソウなんだから、何をしてもいいだろ」っていう人間になっちゃう。
俺自身にそういうところがあるから、言ってます。
不幸な境遇を「特権」みたいに振りかざす、そういう人間にならないよう、彼らを哀れがらずに、祝福された命を授かった幸福な存在として、厳しい愛情で接してあげてください。

織り姫さまへ 〈S〉より
2009/09/25 11:20
マリーさん、いつもありがとう。
今日はいい天気だよ。
今日のシフトは午後からだから、午前中は河原をぶらぶら散歩しました。
彼岸花に埋もれて昼寝(朝寝?)をしました。


マリーさんへ 〈S〉より
2009/09/25 11:20
きらりさん、こんにちは。
僕が「いやー、ありがとう、ありがとう!」と言って握手したくなる人たちの中には、あなたも入ってますよ。
だから余命いくばくもないなんて言わないで(俺が言わせたのか)、とことん長生きしてね、きらりかあさん。
あなたまで俺を置いていっちゃわないでね。


きらりさんへ 〈S〉より
2009/09/25 11:21
オレンジさん、こんにちは。
写真は在処がわかりました。
この記事を書いたら、前記事のコメンドでメンバーの〈M〉さんが「うちの実家にあるよ」って、教えてくれた。
〈M〉さんのご実家には、縁あって一時期世話になってたことがあるので、俺の荷物の一部を預けっぱなしなの。
あそこは俺にとって第二の実家みたいなものだから。
そういう場所が俺にはほうぼうにあって、そういった人情にすがって渡世を生きてきた僕チャンです。w

伯母に会いにいかない理由は、彼女の病状が理由というより、伯母の家族に面会を拒まれているからなんだけど、葬式くらいには呼んでもらえるかな。
別に呼んでもらっても仕方ないんだけどね。
葬式じゃあ、もうそこに本人はいないからね。
伯母のことは、もうあきらめました。


オレンジさんへ 〈S〉より
2009/09/25 11:23
初めまして。。
5~6才まで会いに来て下さった伯母さん。。
お優しい方ですね。
ご病気と言う事ですが、もし分かって頂けなくとも
お会いになられたら、きっと何かしらシバタさまの
心に得るものがあるような気が致します。
亡くなられてから後悔なさるより、ひと目だけでも
お顔を見に行かれたらと思ってしまいます。。
突然のコメントで申し訳ありませんm(__)m
お許しくださいね。
peko^^*
2009/09/25 14:11
今回の記事ゆっくりじっくり読ませていただきました。
シバタさんの幼少時代の記事には
母親として「シッカリしなきゃ」
・・っていつも思わせてもらってます。
お母様、とても残念でしたね。
母親はお腹に子供が居るとわかった時点で
母親の実感がふつふつと沸いてきます。
約9ヶ月間くらいでしょうか。。
きっと過酷な状況の中、シバタさんに会えるのを
生きがいにしておられたことでしょうね
お父様がご健在でよかった。。
シバタさんが「生まれてきてよかった」と
思い続けることが なによりの親孝行だと思います。

伯母様は本当に素晴らしい方ですね。
未婚の若い女性が 子供を引き取りたいだなんて
そうそう言えることじゃないですもの
会えなかったのは残念でしたが
色々手は尽されたようですし・・・
想いは伝わってるんじゃないですか?
いつか、会える日がくるといいですね。。
rinko
2009/09/25 16:14
ええ、あなた。
ありったけの情熱を込めて、何度も何度も・・・
そう、時が止まるまで。


回し蹴りっ!!
鋼板入りの安全靴で。
vino_seco
2009/09/25 23:55
peko^^*さん、こんにちは。
ご訪問&コメント、ありがとうございます。
komichiさんのところで、お名前見かけていました。
peko^^*さんの季節感にあふれたブログ、ステキですね。
後ほど、こちらからもゆっくりお邪魔させていただきます。

伯母だけでなく、伯母が後に産んだはずの娘、つまりの僕の従姉妹にも会ってみたい気持ちがあって、伯母の家族に連絡をとってみたのですが、残念ながら、僕が会いに行くことを拒まれてしまいました。
伯母のご主人としては、伯母の実家=僕の祖父母との関係をややこしいものにしたくなかったようです。
伯母は、僕の祖父母には内緒で僕に会いに来てくれていましたが、祖父母にとっては今も僕は「いないことになってる存在」なのでしょう。
僕は私生児として産まれたので、その家の係累として認められてないんです。
会ったところで何もできないであろう僕も、それ以上無理強いすることもできず、この件はそのままになっています。

思い出を思い出のまま大事にしまっておく、というのもありかもしれません。

peko^^*さんへ 〈S〉より
2009/09/26 01:49
rinkoさん、こんにちは。
Beeのメンバーで唯一の子持ちである〈M〉さんに、こんなことを言われたことがあります。
「私も子どもを奪われたら、生きていけない。」
普段は、母のいない僕に気づかってか、子どもへの思いをあまり僕には語らない〈M〉さんでしたが、
「シバタのお母さんの気持ち、今ならわかる。」
そう言って、目をうるませていました。
〈M〉さんの友人のお子さんが、生後すぐに亡くなった話をきかせてくれた時の彼女の言葉です。

父との確執はまだ完全に乗り越えていませんが、僕が父との関係を回復させることを、亡き母が望んでいるような気はしています。
父の老後や死に水は俺が、と考えていますが、本当は父が死んでしまうのがとてもこわいです。
会いに行くことが可能なたった一人の肉親なので。
それなのに、自分から気軽に彼に会いに行けない俺は、いったい何にこだわっているんだろう。
僕は、父の優柔不断さや積極性のなさを「不甲斐ない」と物足りなく思っていますが、実は僕にも「父ゆずり」の優柔不断さがあるのかもしれませんね。
似た者親子ってことなのでしょうか。w


rinkoさんへ 〈S〉より
2009/09/26 01:56
織り姫さま。
なんでそんなに親父の肩を持つんだか。
無邪気な人だな。
もしかして男としての親父に興味ある? w
あの歳で奥さんにも逃げられて哀れだから、俺たちったら親子して織り姫さんの母性本能くすぐっちゃったとか?

そしたらアレだ、親父のヨメになってよ、織り姫さん。
そしたら俺とは義理の親子だぜ?
それで親父の留守中に、あなたの背後に忍び寄って、あなたを無理矢理・・・
みたいなことになるのが関の山だから、ろくでもない俺たち親子にはあまり近付かないほうが身のためですけど。

このコメント、明日になって読み返して自己嫌悪になったら消すかも。
でも今日はちょっとあなたに意地悪したい気分なんで、このまま寝ます。
おやすみなさい。


織り姫さまへ 〈S〉より
2009/09/26 02:00
vino_secoさん。
やっぱりね。
とうとう来たか、回し蹴り。w
しかも同時刻に前記事の〈M〉さんと示しあわせて俺を襲う気だな。
ちぇっ、あなたの堪忍袋の緒がどのあたりにあるか、ちょっと探ってただけなのに。
> 時が止まるまで
どころか、息の根が止まっちまうよ、まったく。


vino_secoさんへ 〈S〉より
2009/09/26 02:01
お早うございます。
昨夜の私のコメも消しておいてね。
しつこすぎでした。ごめんね。
織り姫
2009/09/26 07:31
さっき、ギョギョッとして焦ったけど
S様の義理母もいいですねぇ
そしたら、たまにはお顔見れて嬉しい。
で〜もS様を誘惑しちゃうかも〜で
やっばりろくなことにならないわね。
> イヂワルしたい気分なんで・・

やっばり、お父様も被害者なのだから
ってしか思えないし〜気の毒としか
思えないのね。
S様って、誰からも愛されてて案外と
幸福な人ょ。
よかったら、お父様のおヨメ様にいきますょ。
 ぅふふ

織り姫
2009/09/26 08:55
ちえっ。
織り姫さんを、見事、撃退したと思ったのに、開き直りやがったな。w
わかったわかった、あなたには勝てませんよ。
無邪気な人には誰も勝てないからね。

俺がなぜ、あなたの宛名にだけは「さま」をつけるかわかる?
それはあなたのその、度を越した無邪気さに敬意を表してるからだよ。
平たく言えば、呆れてるってこと。

誘惑ねえ。
「シバタに色じかけ」。
やれるもんならやってみろ。w


織り姫さまへ 〈S〉より
2009/09/26 09:11
> 「シバタに色じかけ」
>  やれるもんならやってみろ
PCでできっこないでしよが。
目の前にいたら襲っちゃうけど。
どぉお、一生に一度くらい襲われる経験も
嬉しくない?
ハハ それより、お父さまによろしく
仰ってね〜。
どぉ〜 参ったか。

織り姫
2009/09/26 11:01
はじめまして!
私のブログへお越しいただきありがとうございました。

お母様とのお話
なんだか私と妹と姪の関係に似ていて共感しました。
私の妹は姪が3才の時に他界しました。
姪が1才の時から妹が入退院をしていましたので
私の家で生活をしていました。
妹が亡くなったからも4歳まで一緒に暮らしました。
ですから姪にとって「妹=母=私」です。
叔母様の気持ちがよくわかります。
ご病気でもぜひ会いに行ってあげてください。
手を握ると何かが伝わると思いますよ。

これからもよろしくお願いします。
smile
2009/09/26 16:12
あなたはもう際限ないから、スルーして次に行くわ。w

〈ダンプカーより〉
織り姫さまへ
2009/09/26 21:21
smileさん、ご訪問ありがとうございます。
vino_secoさんのところでは、ありがとうございました。

姪御さんのこと、他人事とは思えません。
今は幸せに暮らしているのでしょうか。

僕には血を分けたきょうだいはいませんが、同じ施設で兄弟姉妹のように育った連中はたくさんいます。
彼らの子供は自分の子供のように愛しいです。
何人かは名付け親にもなりました。
そして僕の育った施設には、今もたくさんの身寄りのない子供たちがいて、僕らに大人として何ができるかを、真っ直ぐな瞳で問いただしてきます。
彼らのことを思うたび、子どもを育てるということは、何も自分が子どもをもうけて、血縁のある子どもだけを育てることだけではない、という気がします。

伯母には機会があれば会いに行きたいと思います。
ありがとうございました。

smileさんへ 〈S〉より
2009/09/26 21:23
シバタさんの書く詩はいつ読んでも切ないなぁ。
特に今回は、似たような思いをしているだろう瞳をいくつも知っているからなおさら・・・・。

親とは勝手に縁を切った気になっている俺は不届き者ですね・・・・。
SEI
2009/09/26 22:25
9月がお誕生日なのですね。おめでとうございます^^。

傘、という文字を見ながら、子供の頃に傘を家にみたてて遊んだことを思い出しました。大人の傘を3本も広げて自分の周りを囲めば、中はまるでテントのような自分の空間。縮こまって本を読んだり、仲良しを招待したり。
今でも傘と家はちょっと似てると思います。傘を差し掛けてあげたい人は、きっとずっと大切な人。家に招き入れるように、雨から守ってあげたい人。たとえ実際に傘をさしだせずとも、Sさんの心の中にはずっと伯母さまの為の傘があるのだなと感じました。
なお
2009/09/27 00:30
涙がでてきました。
Sさんのその時の感情が、思いが、
この詞でとてもよく伝わってきます。
以前、私の実家の長崎に旅行にでもどうぞと
気楽に言ってごめんなさい。
伯母様のご主人に断られていたんですね。
難しいですね。色々と。
お気持ち、複雑ですよね。Sさんもご主人も。
この連休に長崎に帰省してきましたが、
アルツハイマーの伯母に会ってきました。
自分の子供の事は忘れていますが、自分の兄弟の
事は覚えています。
そして私の事は・・・一生懸命に思い出したみたいで
手を繋いで私の名前を呼んでくれました。
でもね、5分後にはもう忘れているの。
忘れるんだけど伯母の身体のどこかに
かすかな記憶が残ってて、忘れてはまた私の事を
一生懸命に思い出そうとする伯母の姿を見て
泣きそうになりました。
軽いことは言いたくありませんが、
伯母様の身体のどこかにはきっとSさんの
記憶が残っているかもしれない。
「会いに行けばよかった」と後悔のないように。
と言いたいところですが、そんなのSさんに
「わかってるよ」と言われるのも承知してます。

いつかゆっくりと長崎に行ってくださいね。
長崎のあちこちにある教会のマリア様が
Sさんをお出迎えしてくれると思います。
いけり
2009/09/27 03:18
SEIさん、こんにちは。
子どもたちは元気にしてますか。
先だっての連休に、親が来てくれた子はいたのかな。
結局来てくれなくて、そしてそれを哀しいとも思わずに過ごしてる子もいたでしょう。

SEIさんが親と縁を切って暮らしてるのも、それはそれで、そうなる経緯がSEIさんの親子関係にはあったのでしょうから、不届き者なんて思いません。
いくら血縁でも人間同士としての相性ってあると思うし、子どもといい関係を築けなかった親にも人として問題があると思うので、「生きてるうちに親孝行」みたいな陳腐な言い草に従う必要はないと思いますけど。
でも人って不思議なもので、何かが欠けてる人ほど、その欠けてる何かを別のもので埋め合わせようとする人生になりがちな気がします。
SEIさんは、血縁関係で得られなかった情と施しを、いま生徒の子供たちとの関係に見出そうとされているのではありませんか。
・・・こんな考え方も、あまりにも安っぽく短絡ですけど。
ただ、僕については、その短絡がそのまま当てはまっていて、たいていの人間関係に自分の生い立ちの反動を見てしまいます。


SEIさんへ <S>より
2009/09/27 11:31
なおさん、あなたのコメントはいつも文学的で味わいがある。
いいですね。

たしか古い世代のイギリスの作家だったと思いますが、「日本人は男のくせに、小雨でもすぐ傘をさすのに驚いた」と書いているのを読んで、こちらが驚きました。
男たるもの、傘をさすなどみっともない。
そういう文化があるとは知りませんでしたが、なんとなく同じ男として、その精神性の云わんとすることはわかるような気がしました。
なおさんの言うように、傘を家や屋根にたとえると、なおさらわかりやすいですね。
傘は、弱きものにさしかけてあげるもの。
日本語にも「傘下に入らじ」という言葉があるように、男たるもの、たとえ雨に穿たれても、傘の外でぬれそぼったまま立ちはだかることが必要な時があるのかもしれません。

とはいえ、傘の陰に隠れて、愛しい人と交わす一瞬のラブシーンも悪くないよね。w


  二人してさす一張(ひとはり)の
  傘に姿をつつむとも
  情の雨の降りしきり
  乾く間もなきたもとかな

  顔と顔とをうちよせて
  あゆむとすればなつかしや
  梅花の油黒髪の
  乱れて匂ふ傘のうち

  <中略>

  こひしき雨よふらばふれ
  秋の入日の照りそひて
  傘の涙を乾さぬ間に
  手に手をとりて行きて帰らじ

      ――島崎藤村「傘のうち」より――


なおさんへ <S>より
2009/09/27 11:36
いけりさん、お帰りなさい。
夜中に携帯の新着通知機能であなたのコメントを読んだとき、心が震えました。

> 伯母の身体のどこかにかすかな記憶が
> 残ってて、忘れてはまた私の事を一生懸命に
> 思い出そうとする伯母の姿

> 伯母様の身体のどこかにはきっとSさんの
> 記憶が残っているかもしれない

本当に。
本当に、まだ僕を覚えているだろうか。
これを読んで僕は、矢も盾もたまらず伯母に会いに行きたくなりました。
たとえ僕を覚えていなくても、初めて目の前にあらわれた見知らぬ男でもいいから、茫漠とした世界に孤独にたゆたう伯母の肩を抱いて、俺の体温を伝えてやりたいと切に思いました。
諦めるのが早かったのだろうか。
心が揺れるな。


いけりさんへ <S>より
2009/09/27 11:38
うちの子どもたちは、週末であっても保護者に会える子はほんの一握り。そういう子たちは月曜日には興奮気味に週末のことを話してくれます。
一方で週末を寂しく過ごした子供たちは、羨ましさからかそうした興奮気味の子に突っかかっていくことが多く、月曜日はいつも荒れます。

自分の生い立ちの反動、ですか。思い当たる節は・・・・ありますね、やっぱり。^-^;
いつも俺は「第二の俺を作っちゃいけない」という思いで子供たちと向き合ってるんです。実の親にはなれませんけどね。

余談ですが、俺が子供を持たないのは俺と親との関係を再現してしまうのではないか、という怖さからです。
SEI
2009/09/27 21:19
今回は閉店まぎわまでコメントせずに、沈黙したままここを訪問させていただいていました。
Sくんのコメントの行間ににじむ、やるせなさに胸を痛めながら。
こういう痛みを抱えつつ、何でもないふうに、真面目で爽やかなエンジニアとしての日常をソツなく送っているあなたに、ミーハーな女心できゃあきゃあ言ってた自分が恥ずかしいです。
あなたには初対面の時から人を惹きつける何かがあると思っていましたが、その何かの正体が、ここに足を運ぶたびに少しずつわかってくる。

小さい時から甘える気持ちを封印してきたことで、あなたの中に、「早くから強制的に自立を促されてきた子ども」の姿を見てしまいます。
誰かにちゃんと甘えたことはあったのでしょうか。
どなたかがここのコメントでもおっしゃっていた「インナーチャイルド」。
それを感じた人たちが、きっとあなたから目をそらせなくなって、知らないうちにあなたの虜になってしまうのかも。
そして、そんなふうに寄ってきた人たちに反発を感じて、片っ端から振り払うSくん。
にこやかでスマートなそぶりで。
それをクールと取り違えてしまう私たちだけど、本当はそこにあなたの、人には触れられたくない何かが秘められているのかもしれませんね。
マグロ
2009/09/27 23:15
SEIさん、僕の短絡な推測に憤慨せずに、誠実なUターンコメントをくださって、ありがとうございます。
「俺みたいな若造が知ったようなことを言ってしまった」といささか気に病んでいましたので、救われました。

> 第二の俺を作っちゃいけない
それ、わかります。
だから俺、避妊には抜かりないもん。
あ、冗談で言ってるんじゃなくて。
> 俺と親との関係を再現してしまうのではないか、
> という怖さからです
このSEIさんの言葉が、俺が「うっかり」子どもを作らないようにしてる最大の理由。

僕もこれまでずっと生い立ちの反動で生きてきたような気がします。
特に女性関係。
女性が愛しくて憎らしい。
自分へあからさまに好意を示してくる女性が苦手。
しかもそこに母性の欠片みたいなものを感じてしまうと、なぜか腹さえ立ってくる。
虐めて、傷つけて、犯してやりたくなる。
そのくせ、傷心の女性をほっておけないんです。
中途半端に手を出して、救ってあげたくなるのだけど、向こうが完全に心を許しはじめるとそれが重くて逃げ出してくる。
これの繰り返し。
最近は、女性とつきあうのすら億劫になってきました。
僕は、たくさんの人の情に支えられてこれからも生きていくと思いますが、特定の人と「伴侶」という形でつきあっていくのは難しいんじゃないかと思っています。
これを生い立ちのせいにするには、さすがに負け惜しみっぽく聞こえるけどね。w


SEIさんへ <S>より
2009/09/28 00:22
マグロさん、そう言えばここでは初のご来店ね。w
もう閉店後のクダまきは勘弁してよね。
今回はおとなしめに閉店したい気分。

> 早くから強制的に自立を促されてきた子ども
なるほど。
でもそれは表面的な自立。
施設を出て働き始めたのは15歳の時だったから、経済的に自立せざるを得なかっただけのこと。
精神的な自立は、特定の親との愛着関係がなかったせいか、かえって遅れてしまいました。
いまだに僕は赤ちゃんみたいなところがあります。
そんな自分がいやでたまらないんだよね。
でも、マジでそういうの脱皮したいと思ってんの、俺。

今回このブログで、「おいらのさみしい幼年時代」を見せびらかして、訪問者さんの同情をおおいに買って、もう気が済んだ。
思い残すことはないから。
今後このブログではたぶん、子ども時代のことにふれた詞は書かないと思います。
ここでの見せびらかしを最後に、僕は母や伯母や、牧師先生のいた「神の家」から、きちんと自立しようと思います。
最新記事も更新されたことだし、最後にもう一篇だけ詩を引用させてもらって、とりあえずここはいったん閉店とさせてください。
(もちろん、閉店後もコメントは受け付けます。)
やっぱり最後は、俺の詩聖・谷川俊太郎氏でシメよう。w
あなたに贈るというより、自分自身へ送る詩として。

ありがとうございました。

マグロさんへ <S>より
2009/09/28 00:27

「さようなら」 
         ――谷川俊太郎――


 ぼくもういかなきゃなんない

 すぐにいかなきゃなんない

 どこへいくのかわからないけれど

 さくらなみきのしたをとおって

 おおどおりをしんごうでわたって

 いつもながめてるやまをめじるしに

 ひとりでいかなきゃなんない

 どうしてなのかしらないけど

 おかあさんごめんなさい

 おとうさんにやさしくしてあげて

 ぼくすききらいいわずになんでもたべる

 ほんもいまよりたくさんよむとおもう

 よるになったらほしをみる

 ひるはいろんなひととはなしをする

 そしてきっといちばんすきなものをみつける

 みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる

 だからとおくにいてもさびしくないよ

 ぼくもういかなきゃなんない



マグロさんへ 皆さんへ
2009/09/28 00:28
閉店後にごめんなさい。

>本当に。
>本当に、まだ僕を覚えているだろうか。

> 伯母様の身体のどこかにはきっとSさんの
> 記憶が残っているかもしれない

と 書いたけれど、
それはね、会ってみないとわからない。
会って、お互いに顔を見て、目をみて
そして何かを思いだそうとしている時間を
たっぷりとって、それから手を繋いで、
あの頃の様に車椅子の伯母を
下から見上げて。。。
私はそうやって伯母が思い出してくれました。
一瞬でしたけどね。

心が揺れるのは当然ですよね。
でも「さようなら」という詩が
Sさんの答えになっているようですね。

おやすみなさい。


いけり
2009/09/28 02:36
よるになったらほしをみる

ひるはいろんなひととはなしをする

そしてきっといちばんすきなものをみつける

みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる

だからとおくにいてもさびしくないよ




気持ち玉くれたのシバタくん?
ありがとう♪

いいですね。
ひらがなばっかりっていうのがとてもいいです。

ぜ〜んぶ読んだよ。。
これ 一番 心に響きました(^−^)

『みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる』

ごん
2009/09/28 09:40
男の子にとって母は恋人の原型
その母ではないかと思える人がいたのね
シバタ君しあわせものね
そんな男の子にめちゃ弱いんだ
女性って
そしてわたしも

母さんに新しい父さんができて
父さんのアパートに引っ越した
でもやっぱり母さんは夜の仕事に出なければならなかった
しかも住み込みで
僕は父さんとふたりっきりになる夜が怖かった
父さんの背中に湿布薬を貼ってあげるときだけほっとした
僕の面倒をよく見てくれた担任が浮気をした
僕は「女だけは泣かせるな」って担任に怒鳴った

この子が中学生のとき、肉屋でアルバイトして一人でアパート暮らしをしていたことがある。わたしはそっと行っては台所仕事をしてやった。同僚に叱られた。あなたあの子が男の子だからするんでしょうって。

不思議よね〜
ほっとけないのよね。
きっと叔母さん、シバタ君のことずっといろんな形で思っていたと思う。すてきなお話ありがとう!

ののはな
2009/09/28 22:10
いけりさん、フォローコメントをありがとう。
僕もいけりさんのコメントを見た時には気持ちがはやりましたが、一晩たった今では少し落ち着いています。
縁があれば会えるでしょうし、なければ会えないでしょう。
伯母の件とは別に、長崎にはいつか行ってみたいです。

何かを避けるように足を運べないでいた場所。
そんな場所を少しずつなくしていきたい。
心の中の場所も、現実の場所も、そこを通ることを避けてばかりいると、穿たれた穴はどこまでも深くなってしまう。
穴なんて落ちることを恐れるよりも、一度思いっきり落ちてしまったほうが深さがわかって「たいしたことないな」って安心できるからね。
長崎に行くときには指南を仰ぐかも。
その時はよろしくね。


いけりさんへ 〈S〉より
2009/09/29 02:23
ごんさんは「いちばんすきなもの」はみつかった?
俺はいろいろみつけたつもりでいたけど、しばらくするとすぐ見失っちゃったりして、なかなか焦点が定まらない。
まだまだ守りに入るには早いよな、なんて思いつつ、走り続けるのもきりがないとうっすら思ってる自分もいて。
でも今僕のまわりにある物も人も、とりあえずはみんな大事にしたいと思ってます。
優等生すぎる発言。w
でも嘘じゃないよ。


ごんさんへ 〈S〉より
2009/09/29 02:25
ののはな先生、こんにちは。
いつか僕がののはな先生のところで書いたことのある、中三の時の女の先生の話、覚えていますか。
進学を諦めてやさぐれてた僕に、自分の悩みや日々の思いを、毎日、連絡ノートに綴って渡してくれたあの先生のこと。
ガキの俺にはどう返事を書いたらいいかわからないような、大人の女性の「生もれいづる悩み」に、それでも必死に返事を書いて返してた。
先生の挑戦を受けて立つようなつもりで、授業はサボっても、HRだけはムキになって出た。
おかげで不登校の不良にはならずに、出席日数だけは足りたんだ。
今思えばあれは、負けず嫌いな僕への挑発という形をとった、先生なりの世話焼きだったのでしょうね。
中途半端にグレはじめた俺をほっとけないという、あれも女性特有の心理だったのかな。

女性って、本当に不思議な生き物だなあ。


ののはなさんへ 〈S〉より
2009/09/29 02:26
さすがシバタくん。
はなまるですね。

シバタくんはいつも
私に大きな大砲を放ってくれますね。

一晩考えました。

いちばんすきなもの…

みつけたのは
こんな自分かな。

はなまるくれる?

ダメ?

お手柔らかにねw
ごん
2009/09/29 06:18


↑ ちっちゃいけど、はなまるのつもり。

ごんさんへ 〈S〉より
2009/09/29 11:12
ありがと♪

お返事いいからね。
ごん
2009/09/30 07:29
そっかー・・・叔母さま、残念でしたね。
お母さんじゃなく叔母さんだったことも
伯母さんがアルツハイマーになっちゃったことも
もっと残念がっていいのに・・・・
残念だと思っても仕方のないことと割り切ってしまえてるのかな、なんかそれが余計辛いです。

うちの旦那ちゃんは家庭に事情があり、あちらの両親に私は面と向かって挨拶していません。
旦那ちゃんが子供っぽく接してくることが多いのは幼い頃お母さんに甘えられなかった影響かと解釈しています。
旦那ちゃんはバツイチで以前一度言いました。
「前の嫁にはこんなに甘えられなかった」と。
私はお母さんじゃないよという気持ちもあるけれど、安心できてるんだろうからいいや。(苦笑)
Sさんもやんちゃしても甘えても包んでくれる人、いるといいな。
nodoka
2009/10/01 18:37
再訪です。昨夜カキコしたけれど、メンテナンスだったのですね。あの女教師のこと覚えていますよ。たしかのシバタ君が思う以上に、君のこと意識していたのでしょうね。「ね、僕のこと子どもだと思っている?それとも大人だと...」って訊いてみればなんと答えたでしょうね。きっと狼狽して...彼女は自分の中にある感情に気づいたかもしれませんね。それで、シバタ君は精一杯背伸びして大人の感情にシンクロしようと...なんだか罪ですね。
「中途半端にグレ」たシバタ君ねぇ・・・

7年ほど前だったかな...とってもかわいい男の子がいました。わたしの教えているクラスではなかったのですが、なぜかわたしは学校のワルちゃんにいつもなつかれていて...その子も...母親に見捨てられたような人生でしたね。ある日「僕今お仕事してるんです」?
「事務所みたいなところで受付しているだけでいいんです。それでご飯食べさせてもらえるので...」「...寝泊まりする場所ができたのね」「はい。スーツ着て仕事してるんです」いろいろ訊いてみると、ヤミ金融の窓口にいるかわいい坊やの役をやらされているらしいってわかった。でもわたしに何ができる。いつも無力感にさいなまれる日々だったな〜。
シバタ君はその女教師にとってもいいことしてあげたんだね。それにしても人生ってなんて奥が深いことか...。みんながあなたたちのブログをとっても楽しみにしているわけがわかるな〜。そうそうシバタ君、人気ありすぎだから...コメントはいいよ。ありがとう!
ののはな
2009/10/01 23:02
nodokaさん、こんにちは。

> 旦那ちゃんが子供っぽく接して
> くることが多いのは幼い頃
> お母さんに甘えられなかった
> 影響かと解釈しています。

> Sさんもやんちゃしても甘えても
> 包んでくれる人、いるといいな。

うわあ。
耳が痛いような胸が痛いような。
nodokaさんのところのB様って、今は幸せなんだね。
羨ましくもあり、身につまされるようでもあり。
旦那さんが、nodokaさんみたいな人に出会えたことは貴重だと思うけど。

俺?
俺はねえ。
わはは。(←笑ってごまかす)
甘えたがりの癖に、そんなカッコ悪い自分に嫌気がさして、自分から「わああ!」と叫んで関係を壊しちゃうことが多い。
「俺を甘えさせるアンタが悪いんだ!」とか意味不明なナンクセつけて。w
・・・と冗談めかして書いてみて、いま初めて自覚しました。
俺が女性とうまくいかない理由が。
なんだ、やっぱりぜんぶ俺のせいだったのか・・・。
深夜に反省中。


nodokaさんへ 〈S〉より
2009/10/02 04:40
ののはな先生、再訪がうれしくてお返事書いちゃう僕。
極道の事務所番ね。
僕もそんなことしてたっけなあ。
意外に楽な仕事なんですけどね。
今はヤクザもフロント企業を構えてる時代だから、それだけなら前科もつかないし。
でも一生事務仕事だけで食わせてくれるほど優しい人達じゃないから、そのかわいい子のその後が気にかかりますね。
でも僕らは誰の人生に対しても無力だから。
それはたとえ親でも。
(そのことをわかってない親が多すぎると思うけど。)
そして自分の人生に対してすら無力な時期がある。
でもその子も、いつかかわいいだけの年齢じゃなくなった時に、自分で自分をどうにかしなくちゃいけない時が必ず来るから。
流されて生きていく選択も潔いし、逃げ惑ってじたばたする人生もそれなりに無駄じゃない。
彼の選択を哀れまず、幸多かれと祈ることが、他人の僕らにできる唯一のことだという気がします。

<続く>
ののはなさんへ 〈S〉より
2009/10/02 04:42
僕の中学の時の先生はまだ若い女性でね。
教師としての真面目さを捨てきれない感じだった。
「グレるやつはほっとけ」と思えない潔癖さがあったのでしょうね。
そして苦し紛れの措置が、教師として高みに立つことを諦めて、俺の立ち位置にそろそろと降りてきた感じ。
おっかなびっくりね。
僕は子供だったくせに、その捨て身の戦法が痛々しくてほっとけなかった。
いま思うと、先生には失礼だけど、僕の中の「男としての庇護心」が刺激されたんだと思う。
職員室で、婚家で、孤立して悩んでる彼女を慰めてやりたい気持ちがありました。
そこに性的な気持ちはなかったと思うけど、俺が力になってやるっている勘違いした男気はあったかも。w
人って、頼らせるという形ではなく、相手に自分が頼るという形で相手を救うこともありなんだって思いました。
傘のない人に「傘に入れてあげるよ」と言うのではなく、「荷物で両手がふさがってるから、私に傘をさしかけてくれない?」と言って、相手を自分の傘に入れてしまうようなやり方。

あの先生、元気にしてるかなあ・・・。


ののはなさんへ 続き
2009/10/02 04:42
この記事のように信じて待ってます。

みなさんのように堂々と書きこむことは
今は控えさせてください…

また ここが再開されることを
心から願ってます。

そして Sさん。
ありがとう。。。
ピーはドンドンためておきます。

渡す時には、一気に食べると具合悪くなるほどになってるかもしれないけど。
あの場所のデートも一人でブツブツと続けられるだけ続けます。

忙しい間に 退屈したら 覗いて笑ってやってください。

それでいいので。。。

私がお返しできることってそれくらいだから。

Kさん、Mさん。
私が幼いばっかりにいろいろとごめんなさいね。
そして ありがとう。。。

年末年始越え 頑張ってください。
お身体に気をつけて。
琴の若
2009/11/28 23:57
私が小学生のときに「毎日こども新聞」という小学生向けの新聞があり、あるとき、その新聞で表紙の絵の募集をしていました。そのときに応募した私の絵に谷川俊太郎さんが詩をつけられたのですが、その詩が「ひこうき」という詩です。私はそれほど絵がうまいわけではないので、描いた飛行機の翼が本当にナイフみたいにとんがっていました。その部分をとらえてあのような詩を作られた谷川俊太郎さんは本当にすごい方だと思っています。
私の周りにはこの詩のことを知っている人がいないため、シバタさんがこの詩がお好きだということを拝見し、うれしくなってコメントさせていただきました。
タク
2011/04/06 15:08
コメントありがとうございます。
僕の大好きな詩「ひこうき」。
その誕生のきっかけとなった方にここを見てもらえるとは、こちらこそ光栄です。
幼い日のタクさんは、何を思って飛行機をその絵の題材に選ばれたのでしょうか。
飛行機にこめて描きたかったのは何だったのですか。

僕は男のくせに、花や植物の絵ばかり描く子供でした。
今でもボタニカルアートが好きで、写真ではなく絵で描かれた植物図鑑を見るのが好きです。


ちなみに今の僕はナイフの切っ先をもつ飛行機の整備を仕事にしています。
飛行機も原発も、所詮テクノロジーはナイフです。
便利だけど、ひとつ間違えば大怪我をする。
そのナイフを見据えながらも、ナイフそのものを非難せずに、懸命な祈りへと昇華させた詩人の視点が、「ひこうき」に関わっている僕にはありがたく、また申し訳なく感じられるのです。
本当は陽のささないところで鉄の塊と向き合う仕事より、花々に埋もれてその色彩と香りと感触に酔いしれる人生を送りたかったような気がします。
もう後戻りできないところまで来てしまったのは、僕もこの国も同じです。
 

タクさんへ 〈S〉より
2011/04/06 20:48
シバタさんありがとうございます。
その当時、私は兵庫県の伊丹市に住んでおり、しかも家が滑走路の延長線上(北側)付近だったので、毎日毎日大きな飛行機を見上げていました。雨の日は低めに飛んだりするのでとても飛行機が大きく見えたり、機種によってエンジンの音が違っていたりすることなどを発見しながら、毎日楽しく見上げていました。
子供ながらになんであんな大きいものが空を飛ぶのだろうなと思っていて、親に「翼があるからだよ」と教えてもらってからは、つまりあの翼が大事なんだなというような理解で納得していました。
ですので、新聞に掲載される大きな絵を描こうと思い立ったときに真っ先に思いついたのがあの大きな飛行機でした。その上、大事だと思っていた翼が異常に大きく長い飛行機を描いていたと記憶しています。
それから大きくなって、大学でベルヌーイやらナビアストークスやらを学び、飛行機がなぜ飛ぶかという理屈はわかったのですが、やはり依然として飛行機の翼というのは神秘的です。出張などで飛行機に乗っているとき、窓からみとれているのは景色だけではなく、翼にもみとれています。今あの部分で速度ヘッドと圧力ヘッド間で変換がおこなわれているのだなんて思いながら翼を見ていても、やっぱり翼は神秘的で、それがわたしにとって飛行機の魅力の一つであったりします。
谷川俊太郎さんが空という自然のものと、飛行機という一見無機質なものを同質にとらえられてこの詩を書かれたのも、そのような飛行機の持つ神秘性といいますか、憎めなさといいますか、なんだか生き物のように感じることができたからではないかなと思ったりもします。

これからも拝見させていただきます。
ありがとうございました。
タク
2011/04/07 00:50

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