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zoom RSS 「喪中欠礼」

<<   作成日時 : 2009/11/23 01:23   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 91

 許しを乞うわけではありません
 あなたを裏切ってまで
 そいとげた
 罪におわりはありません

 ただ
 残される者の慟哭が
 かつてのあなたの痛みなら
 わたしはあまりにも
 ものを知らずにいたのです


   お体に気をつけて
   わたしはこれからも生きていきます
   したたかに
   淡々と

〈K〉

画像













詠み人〈倉本〉のひとりごと 

父が他界しました。
既に何度か倒れ、もう長くないと本人も周囲も思っていたので、それほど湿っぽくない弔いでした。
涙ひとつ流さない気丈な母に「ダンナが死んだ時くらい、泣いたらいいのに」と呆れましたが、「あとでゆっくり悲しむわ」と言うので、そんな母を黙って見守ることにしました。

まだヨメさんを連れて帰省していなかったので、これがいい機会になりました。
納骨も済み、実家の庭で母と彼女が喪服のまま並んで何やら話し込んでいるその背中を、縁側から見るともなく眺めていたら、二人の後ろ姿がとても似ていることに気づきました。
前傾姿勢で相手の話を聞き、大きくかぶりを振って何度も頷く仕草や、しのび笑いで肩をすくめるポーズなど。

そう言えば、母について、こんな話を聞いたことがあります。
父と暮らす前の母には、親の決めた許婚がいたそうです。
母は旧家の出でしたから、若い頃の母は、本人の意思とは無関係なしきたりや決まり事に支配されていたようです。
それをある時、何もかもを捨てて家を出てきて、何の因果か父と一緒になったのですから、あのクールな母のどこにそんな情熱があったのか、息子の僕から見ても不思議な気持ちになります。

僕のヨメさんも、僕と暮らす前には、いろいろあったと聞いてます。
そんなところまでこの二人は似ているのかもしれない。
「さっきお袋と、庭で何を話してたの」
と彼女にきいたら、
「秘密」
と言われて、女同士、早くも結託しやがったなと苦笑しました。



    〈M〉さん、この度は弔電とお心づかいをありがとうございました。
    〈S〉くん、遠くまで焼香に来てくれて、ありがとう。  〈倉〉



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コメント(91件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
お父様がお亡くなりになられたのですか。
心からお悔やみ申し上げます。

今はまだ気も張られておられることでしょうが、もう少ししてショックが来るように思います。
頑張ってください。
HT
2009/11/23 02:13
Kさん
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます
福岡なのですね
お母様と奥様との語らいをを見ていたKさん…
母親とよく似た後ろ姿と気づいたKさん…
しっかり者の奥様を貰った息子にお母様は安心なさったのではないでしょうか…
覚悟をしていたとはいえ連れ合いを亡くされた寂しさはこれから募ってくるでしょう
時々は帰省してあげて下さいね。
きらり
2009/11/23 02:16
そうだったのですか。。。
なんと言葉をかけたらいいのか。。。
お母様は、もしかしたら、ショックが大き過ぎて、涙も出ないのかもしれませんね。
うちの父も母が亡くなった時、涙も出なかったし。結局、仏壇にも向かうことなく、同じ天国へ行ってしまいました。仏壇に向かえなかったのは、母が亡くなった現実に向き合えなかったようでした。
今は仲良くしてるのかな?

だけど、残された者は、なかなか悲しみが消えません。もう父も一周忌を終えたけど、まだ色々思い出して、落ち込んでいます。

倉さんも今は気が張ってると思いますけど、お疲れが出ませんように。こればっかりは、時の流れに任せるしかないのでね。。。 
お父様のご冥福をお祈り致します。 
留加
2009/11/23 02:53
なぐさめの言葉などが見つかりませんので、、、
遅ればせながら、お悔やみ申し上げます。
うつりぎ
2009/11/23 07:30
 お悔やみを申し上げますと、同時に御冥福をお祈りさせていただきます。
 私は小学校の頃に母を亡くしましたが、その時は母の死を受け入れられなかったのか、全く泣けませんでした。
 父が弔辞を読みながら、涙する姿を見た瞬間、突然母の死がリアルなものとなって襲ってきたのです。
 涙が溢れて止まらなくなった。
 祖母や祖父の時もそうでしたが、人が亡くなった実感というのは、いつも、不意にやって来るような気がします。

2009/11/23 07:52
お父様は、きっと天国からか極楽からかご家族の幸せを見守っていることと思います。

うちの父が亡くなったのが20数年前。
母は、悲しみもあったでしょうが、一人身を今日に至るまで楽しんでいるように見えます。
頼りにしていたところもあったでしょうが、自由を手に入れたということでもあるようです。
元気になったように見えますから。
Kさんのお母さんもそうであることを願っています。

人間の良いところは忘れることです。
悲しみも少しずつ薄れていきます。

  Kさんも気丈に!と思う・はげおやじ・より

はげおやじ
URL
2009/11/23 08:25
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます.
お母さんが、その時に涙を流さなかったのは、
悔いなく、過ごす事ができたからだと思います。
私は、仕事がらそんな場面に良く遭遇しましたが、
経過がながく、一生懸命につくした家族ほど看とりの
時は、静かなものです。 落ち付いた時にほど、
想いでは押し寄せてくるものだから、その時に
お電話してあげて欲しいと思いますね。
Kさんも、後でゆっくり泣いて下さい。
こっそりと・・・・・(/_<)
hiroponn
2009/11/23 11:03
お父様のご逝去お悔やみ申しあげます

お母様はその方からも深く愛されていたのですね。その方の気持が一人になった今こそ理解ができその方に「喪中欠礼」を・・・ですね。
この詞はお母様の心ですね。
オリーブ
2009/11/23 11:45
Kさんのお母さん、気丈に振舞われているのですね。
何だか解る気がします。
私は母を18年前に見送りましたが、お通夜、葬儀・・etc何かと忙しくて、故人をキチンと見送ろうと思うと悲しむ暇がなく、落ち着いてから悲しみが押し寄せてきた記憶が有ります。
Kさんのお母さん、気落ちなさっておられると思いますので温かく見守ってあげて欲しいな、と思いました。
奥さんとお母さんがそっくりでしかも秘密のお話まだなさったと言う事、お母さんにとって良い娘が増えた感じかもしれないですね。
良かったですねぇ。

お悔みが遅れましたが、
Kさんのお父さんのご冥福をお祈りいたします。
ビオラ
2009/11/23 12:02
 親父様のご冥福を心よりお祈りします。

私もつい最近の出来事のようです・・・。
もの言わず、ただ生きて居るだけで存在感の在る・・。
そんな親父様が、亡くなられて、今のお母様はその現実を受け止める事が出来ずに、複雑な御心境でしょう。

どうぞ、あたたかく見守ってあげて下さい。
ありきたりな挨拶しか出来ませんが・・・。
くれぐれも、御身体にお気を付けて。
カラスです。
2009/11/23 13:30
 今日は。
 お悔やみ申し上げます。
 これからいろいろ大変でしょう。愚痴こぼしたくなたっら私のところで発散するのも有です。
珊底羅
2009/11/23 14:04
ご冥福を心よりお祈り申し上げます

お父様は天上で風になり
お母様にはKさんの素適な伴侶の娘さんができ
哀しみの中にも大きな幸せもが一度にやってきて
お父様に喜びの報告をしていることでしょう

お父様はそれに答えて真っ赤に燃える紅い葉をサワサワと音を立ててて揺らしてくれてるんですね

これからずっと見守ってくれているおとうさん
お母さまとKご夫妻の紡ぐ人生を。。

時には風を感じてくださいね
コケ魔女
2009/11/23 14:35
気丈な方程、連れ合いが無くなられた実感が湧くころ、気弱になったりもします。
母上様のお身体にお気を付け下さい。
それにしても、女性同士でタッグを組まれると、男は立場が弱くなるような・・・。
MONTA
2009/11/23 15:46
もともとは他人同士。夫婦より女同士の方が理解しあえるのかも知れませんよ。
家族とか、家庭という繋は、摩訶不思議な関係なのかもしれませんね。
Pochi
2009/11/23 16:24
まだお若かったのでしょうね、お父様。ご冥福をお祈りいたします。
Kさんの奥様とお母様とのご様子がほほえましいです。
みんな仲良くしていけるのが一番だと思います。
人に優しくありたい・・・・最近良く思います。
魔女
2009/11/23 17:49
こんにちは。
寂しいことでしたね・・・。
でもお父様が亡くなられる前にKさんがご結婚されたことはお父様にとっても嬉しい事だったでしょうね。
お母様と奥様の微笑ましい姿・・・お母様の寂しさの中で心に温かなものを感じられたでしょうね。
でもこれからお母様はだんだん寂しさを感じていかれるかもしれません・・・大切になさってくださいね。
Kさんもお疲れが出ませんように・・・。

お父様のご冥福を心よりお祈りいたします・・・。
ルナ
2009/11/23 20:40
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
私の父は60歳で亡くなりましたから、母はまだ52歳でした。
今は元気に過ごしていますけど、その当時は辛かっただろうなって思います。
Kさんと奥様がいてよかったです。そっと見守ってくださいね。
ブルー・ブルー
2009/11/23 20:53
 一言 お悔やみ申し上げます。

倉さんの凝縮された詩を読み 後悔 悲しみ 痛み・・・多くの思いを感じました。

心より ご冥福を お祈りいたします。
GTO
2009/11/23 21:00
家族の死と云うのは、なかなか堪えます
よね(^_^;)
きっと淡々と、そして思いの外強く、そ
の思いは押し寄せてくるでしょうが、そ
れもまた記憶の中の宝物とそて、糧になっ
てくれます。
私の父は29で他界しました。
大嫌いな父でしたが、やっぱり死に顔は
淋しいものでした。
この人がいなければ私は存在していない
訳で…。
命はいつも理不尽なものです(*^_^*)
ご冥福、お祈り申し上げます。
れのん
2009/11/23 21:55
月並みなことしか書けませんが、お父様のご逝去お悔やみ申し上げます
喪中欠礼・・故人の死を偲ぶ心の通った喪中欠礼・・
胸を打ちました
お母様と奥様のくだりも・・何故かほのぼのとさせられました・・
風子
2009/11/23 22:21
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
人が亡くなるのってとても不思議なものですよね。今までいた人がいなくなるって。家族ほど大事なものってないよね。
けい
2009/11/23 22:41
こんばんは
お父様を亡くされたのですね
ご冥福をお祈り申し上げます。

お母様 情熱家だったのですね
身近な方の死は じんわりあとから
急に来ると思います。きっと Kさんも
そうだと思います。
おからだご自愛ください。
奥様を紹介されるチャンスになったとのこと
お母様と奥様を見つめる Kさんの
まなざしが とても優しいですね

2009/11/23 22:45
HTさんへ

父は既に何度か倒れ、「次に倒れたときは最期」ということが何度かありましたので、母も兄弟たちも半信半疑で危篤を受け入れましたが、今度は本当にちゃんと危篤でした。
そんな経緯でしたので、本当に湿っぽくなく、親戚や近隣が集まって「楽しく」といってはなんですが、賑やかな弔いとなりました。
故人も酒が好きだったので、このような葬式に満足していると思います。
コメントありがとうございました。
<K>
HTさんへ
2009/11/23 22:48
きらりさんへ

入籍の報告は電話一本で済ませ、「ご挨拶に」というヨメに、「今度、父さんが危なくなった時にでも。すぐだから」と母。
しきたりや形式を重視せず何事も合理的に、というところもよく似ている二人なので、僕は二人の間であまり苦労しなくて済みそうです。
兄ヨメも弟のヨメさんも、結婚と同時に家に入った専業主婦。
子どものいない夫婦は僕らだけ。
そんな中での初めての帰省は、ヨメさんにとってあまり居心地のいいものではないのでは、と心配してましたが、意外にもしっくりと意気投合した様子の二人に、ほっと胸をなでおろしました。
実家を発つ日に、「あんたの奥さんはあのぐらいの人じゃないと務まらないから、大事にせんといかん」と玄関先で母に耳打ちされ、ハイハイと返事。
「ハイは一回でよろし」とぴしゃっと言われて、こんなところまでヨメさんに似てるなと笑いました。
<K>
きらりさんへ
2009/11/23 22:49
留加さんへ

皆さんに温かい励ましのコメントをいただいていますが、母の場合は“ショックが大き過ぎて、涙も出ない”というのとは違うようです。
むしろ“肩の荷がおりた”感じ。(笑)
何度も倒れて、その度に麻痺の箇所が増えていく父で、面倒を見ている母に負担がかかっていたようですから、危篤の時も「今度もどうだか。もう少し様子を見てから帰ってきたら?」などと妙に冷静でした。
亭主関白の九州男と、気の強い京女の夫婦。
父が元気な時からその傍若無人な無軌道ぶりに母は手を焼いていましたが、倒れて麻痺してからは「おとなしくなったぶん楽になったわ」などと言ってましたし。
僕もいまだに実感がなく、まだ実家のあの縁側に、のっそりと座って庭を見ている父がいるような気がします。
<K>
留加さんへ
2009/11/23 22:51
うつりぎさんへ

お言葉ありがたく頂戴します。
喜寿を目前の大往生ですから、本人も悔いはないはずです。
葬式は賑やかで、まるで祭りのようでした。
僕も久しぶりに親類や古い知人に囲まれて、しっとりと酒を味わいました。
<K>
うつりぎさんへ 
2009/11/23 22:53
仍さんへ

小学生の時に親御さんを亡くされたのはお気の毒でしたね。
こちらは息子三人とも、既に立派な中年男ですから。
しかも何度も倒れた末にずるずると生きながらえ、「ほんとに危篤?」と疑われながらの最期でしたので、父の弔いは情緒に欠けるほど淡々としたものでした。
ただ、焼き場で棺が窯に入り、その扉が閉まる重々しい音を聞いた時は、「もう会えないのだな」ということが肌身にしみて感じられました。
母もその時はさすがに嗚咽をもらしていました。
<K>
仍さんへ
2009/11/23 22:54
はげさんへ

“一人身を楽しむ”。
わかるような気がします。(笑)
母も、父の弔いに伴う諸々が落ち着いたら、旅行三昧の老後を送ると意気込んでいます。
旅を好まず、倒れてからは家を出られない父につきあって、母は家を離れられず鬱憤がたまっていたようです。
故郷の京都や、子ども時代を過ごした中国大陸、ヨーロッパやアメリカにも行きたいんだそうです。
「父さんがいない以上、もう福岡に縛られる意味もないし。ここは縁もゆかりもない土地やし。骨をうずめるところはどこでもよろし。」
僕の放浪癖はこの母にルーツありと、あらためて納得しました。
<K>
はげおやじさんへ
2009/11/23 22:55
hiroponnさんへ

確かに、突然の事故でもなく、急激に悪化する苦痛をともなう病気でもなく、脳内の血栓の移動による突発症状ですので、倒れる時は一瞬。
しかも何度もその症状を経て体の麻痺の範囲が広がり、いつかは致命症に至るだろうという心の準備もあったので、母も我々も淡々としたものでした。
本人はどうだったのか知りませんが。
実家に電話して「親父はどう?」と聞く度に、「あいかわらず縁側に座ってぼんやりしとる」と母の答え。
すでにその頃から、僕の知ってる破天荒で伊達男の父とは別人になっていましたから、僕にとって父は二度死んだようなものです。
<K>
hiroponnさんへ
2009/11/23 22:57
オリーブさんへ

母とその許嫁の話は、母本人からではなく親戚の伯父伯母から聞かされたものでした。
そんな大恋愛の果てなのに、○子さんに苦労ばかりかけて、という話の流れで。(笑)
婚約只中で相手の男性を置いて、かけおち同然で父と一緒になった母が、そんな自分の決断を今ではどう思っているのか、聞いてみたことはありません。
ただ破天荒で女泣かせの父でしたが、母は母で「退屈はせんから」と、それなりに面白がっていた様子もあり、父の一枚上をいってる感じでした。
僕もせひ、こんなふうにカミサンの手のひらで転がされたいものです。
<K>
オリーブさんへ
2009/11/23 22:59
ビオラさんへ

男ばかりの三人兄弟で、兄も弟も堅い仕事で早くに嫁をもらい、僕だけがつい最近入籍したばかりの風来坊でしたので、「嫁をめとれただけ儲けもの」というのが母の感想のようです。
その嫁を連れての帰省もしていませんでしたが、
「どうせ父さんも長くないから、葬式の時でいいわ。今の父さんに会わせても仕方ないから」
と、まるで近々父が亡くなるような口ぶりだったのが今年の春。
こう書くとまるで薄情な家族のようですが、兄夫婦や弟夫婦はちょくちょく実家に顔を出しているようでしたし、仕事を持っている僕のヨメさんに余計な気をつかわせたくないという、母なりの気遣いだったのだと思います。
息子ばかり三人を育てた母でしたから、そのうちの誰かが嫁をもらう度に娘ができたと喜んでみせましたが、実際はクールな性格なので、息子や伴侶の人生にはあまり関心がないようにも見えます。
「元気ならそれでええわ」が口癖の母です。
<K>
ビオラさんへ
2009/11/23 23:03
カラスさんへ

たしかにものを言わない父でしたが、昔は頑固さと言葉の足らなさから。
そして晩年は倒れた後遺症の麻痺のせいで。
そんな父でも、なぜか母には父の考えていることがわかるようで、「今はやめとき。父さんは機嫌が悪いから」「なんぞいいことでもあったんだろう。鼻の下伸ばしよって」などと言っていました。
僕から見ると、ただいつもどおりのむっつりと黙りこんだ父でしたが。
阿吽の呼吸とは、まさにこの人たちのような関係をいうのでしょうか。
よく言われる仲睦まじい夫婦というのとは全然ちがいましたが。(笑)
<K>
カラスさんへ
2009/11/23 23:04
珊底羅さんへ

コメントありがとうございます。
僕は男ばかりの三人兄弟の次男。
兄も弟も、あの父からなぜと言われるような、カタブツのしっかり者でして、それぞれ良妻賢母のヨメさんと勉強のよくできる子どもたちをもち、実家のことは僕が出しゃばる隙もなく、すべてこの兄弟たちが片付けてくれます。
母もそれを心得ていまして、「あんたまであれこれ世話焼かんでええよ。あんたまで入ってくると話がややこしくなるよって」と言われています。
そんなわけで実父の弔いというより、親戚の誰かの葬式の手伝いという感覚で末席に身を置いていた不精の息子の僕です。
焼香に来てくれた<S>くんのほうが、精進落としの酔っ払いの相手や、兄や弟たちの子どもの遊び相手を務めてくれて、僕よりずっと役に立つと好評でした。
<K>
珊底羅さんへ
2009/11/23 23:07
こんばんは。
お父様のご逝去 お悔やみ申しあげます。
気丈に振舞われているお母様のお気持ち
少し解るような気がします。
心より ご冥福をお祈りいたしますm(__)m
マリー
2009/11/24 00:01
結婚式はお祭りのようなものでした。
その2週間後に彼の祖母の葬式がありました。
私は親族側に、実家の父が参列者として向かい側に座った時、初めて結婚の実感が湧いたのを思い出します。
きっと奥さまもそんな気持ちだったのではないでしょうか。
「ひとりごと」の部分がとても好きです。肩の張らない表現と描写。2人の肩の間から洩れてくる光や、縁側の先の庭が見えるようです。

お父様のご冥福とお母様の健康をお祈り致します。
vino_seco
2009/11/24 00:06
お父様のご逝去に謹んでお祈りいたします。
福岡と関東という決して近いとは言えない距離ですよね。さぞ気をもまれ続けたことと存じます。
私は両親が健在なので、<K>様のご心中はすべて察し切れませんが、「仮に」と考えるとやっぱり寂しい気持ちになることは間違いありません。
それでも、時が来て、よき思い出として、<K>様の腕の中でしっかりと留まっていればいいですよね。
今は、時間を作ってゆっくりと思い出に身を委ねてください。
お母上さまと奥様との温かい絆も心癒されることですね。仲良し嫁・姑になるといいですね。
門前の小僧
2009/11/24 00:37
こんにちは〜
お父様のこと、ご愁傷さまでした。
この所お心が乱れてたのは
居ても立ってもいられないからでしたのね。
暫くはお淋しいでしょうけど
見えない処から、K様をじっと見守ってくださってますからね。
悲しくなったら、お父様に話かけてね。
きっと通じますから。

前回S様のコメントでお声を掛けてくださいまして、ありがとうございました。
K様にもご心配かけていたのですね。
すみません。
ですが、すみません、これからも気まぐれな休み休み
になると思います。
現実の方で雑用が多いのですもん。


織り姫
2009/11/24 10:16
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます
かなりの間覚悟がおありだったのですね
人それぞれ家庭の事情がおありでしょうが
悲しみがやってくるのはご葬儀が終わってからです
ご葬儀が終わり後片付け 法的な処理など
本当に休まる間もなく過ぎ去り
集まった親戚も元の生活に戻って行く頃
心身共に変化が現れます
どうぞお母様を見守ってあげてください
我が家は主人も私方も皆
仏壇です
数年おきに皆バタバタとあちらへ行ってしまいました

伴侶には自分の親と似たような人を選ぶ
と聞いた事があります
Kさんの奥さんもお母様にどこか
似ているのでしょうね
飛鳥
2009/11/24 11:24
お父様のご冥福を、心よりお祈りいたします。

お母様と奥さまが良く似ていらっしゃったこと。肯けますね。私もよく姑と親子に間違われます。
お母様は、覚悟なさっていても、ひとりになると寂しさが募っているのではと。我が家では、半年くらいは寂しそうでした。それからは、人一倍元気ですが。
遠方へのお出かけで、体調など崩さぬように、ご自愛下さい。
沙羅
2009/11/24 14:36
ご尊父様のご逝去、謹んでお悔やみ申し上げます。

私の母も父が他界した際には涙ひとつ見せませんでした。
それどころか、「これからがおかあちゃんの第二の青春よ!精一杯長生きして楽しく暮らして行くから」と宣言しました。
気丈な母と言うより、今まで父に色々な面で苦労をさせられたしっぺ返しの様な宣言でした。
その言葉通りに、お金は使い放題でオシャレを楽しみ第二の青春を謳歌していました。
そんな母も父が亡くなって十年後に安らかに旅立ってしまいました。
<K>さん、女性は強いですね。
男性の場合は、妻に先立たれると意気消沈して惨めな生きざまですが…。
酒天
2009/11/24 19:07
おくやみ申し上げます。

何故だか、最近、僕のまわりで亡くなる方が多くて、そのたびに何を言ったらいいか、言葉に詰まります。

お母様の気丈な言葉、胸を打ちました。

2009/11/24 22:52
コケ魔女さんへ

詩情に満ちたコメント、ありがとうございます。
父親なんてものは、生きてる時は「お父さんたらね、まったく・・・」と母親の愚痴の対象になるだけの存在ですが、死んでみれば少しは「あの世でお父さんがこう言ってるんだよ、きっと」などとしみじみ言われて、少しは権威が復活する。(笑)
老いぼれて生きながらえた男より、この世を去った男のほうが男前。
僕も生きてるうちは誰からもほめられないような気がします。
<K>
コケ魔女さんへ
2009/11/24 23:33
MONTAさんへ

“女性同士のタッグ”。
こわいですね。
テロリズムも、寿司屋の「時価」も、歯医者の歯削機のキュイーンもこわいですけど、女性同士の結託ほどこわいものはありませんよ。
僕は女性ひとりひとりは好きなんですが、女性同士が手を組んで目配せをしあって「倉本さん、ちょっと来て」と言われると、イヤ〜な汗をかきます。(笑)
今回も母が僕の子どもの頃の話をヨメさんにし、ヨメさんはそれらのエピソードに、「はあ、その頃からですか・・・」といちいちイヤな感じの相槌を打つので、いたたまれなくて、つい酒がすすんでしまいました。
<K>
MONTAさんへ
2009/11/24 23:34
Pochiさんへ

“夫婦より女同士のほうが理解しあえる”
そういう部分はありますね。
我が家系も、このように親戚縁者が集まると、酒宴の席では自然に男同士、女同士で座が別れます。
女房たちは亭主と子どもの愚痴と故郷のお国自慢を、亭主どもは景気と政治と旅先の酒の話を。
その間を子どもたちが駆けずりまわって、時どき銚子が横倒しになり箸が落ちる。
久しぶりに血縁・地元というコミュニティで杯を酌み交わしました。
仕事という利害関係のない場に身を置くのは久しぶりだったことに気づきました。
<K>
Pochiさんへ
2009/11/24 23:35
魔女さんへ

大往生というほど記録的な長生きではありませんが、三十代も半ばを過ぎて僕をもうけた父は、彼の世代の男としてはそこそこの歳まで生きたと言えるのではないでしょうか。

僕はもともとあまり実家に寄りつかないほうでしたが、今回は久しぶりの帰省である上にヨメさんを連れての行脚だったので、当初はなんだか気も重く。
親戚づきあいが苦手な僕が、その親戚づきあいに第三者を引き入れるなど、荷が重すぎるというものです。
なので、父が逝ったこととは別の気の塞ぎがありましたが、実際に帰ってみると、ヨメさんが僕の仲介を最初から当てにせずに自分から親類に溶け込んでくれまして(彼女なりに気疲れもしたでしょうが)、おかげで彼女が話題の中心となり僕のことはほっておいてもらえたので、一人で帰省するよりずっと居心地のいい帰省となりました。
東京と福岡の距離が、この姑と嫁のよい関係を、今後も程よく保っていってくれるんじゃないでしょうか。
<K>
魔女さんへ
2009/11/24 23:37
ルナさんへ

早くに母親を亡くしたという共通点があり、伴侶が酒飲みで不安定な職についており、家族とわいわい過ごすより自分ひとりの静かな時間を持つことを好むなど、母とヨメさんには共通点が多くあります。
華道の師範として自活の道をさぐっていた母と、入籍後も仕事を続けるヨメさんは、人生に求める何かも似ているのかもしれません。
そしてそういう女は安寧な人生を送れないことを母は悟っているのでしょうか。
「あなた、苦労するわよ」と聞えよがしにヨメさんに言うので、僕は針の筵に座っている気分でした。

弔いに息子の家族や親戚たちが集まった一週間は賑やかでしたが、僕らが帰ったあと、急に静けさを取り戻した家の中で、あらためて一人になった寂しさを母はかみしめるのでしょうか。
伯父や伯母たちが、「一斉に帰ったらかわいそうだけ、様子見てばらばらと帰るわ」と言ってくれたのでありがたく思いました。
<K>
ルナさんへ
2009/11/24 23:38
ブルー・ブルーさんへ

昭和ひとケタ生まれの母はもうかなりの歳ですが、気丈な女なので、まだ60代くらいに見えます。
黒々とした髪は実は染めていたのだと告白しましたが、「お父さんが逝ったらもう染めるのやめて、私もお婆さんになろうかと思ったけど、独り身の女だからこそ若づくりしなくちゃダメよね」などと言ってますので、夫に先立たれて意気消沈した老妻という感じではないようです。
兄嫁や弟の嫁さんが「お義母さん、大丈夫?」と頻りと気をつかうなか、僕のヨメさんの「ヘタに私を慰めようとしないところがいいわ」と妙なところを評価してくれて、彼女のこれまでの赴任先や出張した国の土地事情を事細かにきいては「老後住まうのに良い場所は」などというテーマで真剣に話しこんでいるのを見て、意外に前向きな葬式だなと思いました。(笑)
そして、湿っぽいことをとにかく嫌った父は、こういう空気を心底喜んでいると思います。
<K>
ブルー・ブルーさんへ
2009/11/24 23:39
GTOさんへ

コメントをお寄せくださってありがとうございます。
詞は僕の思いというより、伴侶に死なれた女性が若き日に別れた男性に思いを馳せる様をイメージして書いてみました。
ひとつのことが終わったとき、実は目の前の終わった事そのものよりも、ずっと以前にすでに終わって埋没していた諸々がふと思い出されるということがありませんか。
僕はある人と別れる時、その人との日々を思い出す面もありますが、同時に、その人より前に別れた人のことを思い出すところがあります。
高校の卒業式でようやく中学を終えた実感がわき、大学の卒業式でようやく高校を出て月日が経ったことを実感するような、そんな時差が、人との出会いや別れには特にありがちな僕です。
感慨と実感がいつも遅れてやってくる僕の妙な癖というべきものでしょうか。
<K>
GTOさんへ
2009/11/24 23:41
れのんさんへ

三人兄弟の真ん中だった僕は、兄弟の中ではいちばん、父と過ごす時間が長かったと思います。
おっとりと温和な兄と、べったりと甘えん坊の弟が母のまわりを離れない中、僕は父に連れられて沢や海釣りに連れていってもらったり、父の仕事関係の寄り合いのお伴をしたりしていました。
兄も弟も地元の国立大学に行って堅い仕事に就いた中、僕だけが学費の高い東京の私大に行き、そのわりには不安定な業界のフリーランスとして糊口をしのぎ、親孝行とは無縁の東京暮らし。
父はそんな僕を一度も責めずに、たまの帰省では「食えとるか」と一言きくだけ。
「なんとか」と答えると、「ならよか」。
これが久しぶりに会った親子の会話のすべてでした。
なので、父がいなくなったからといって何かが変わるわけではありませんが、信頼という名の無関心によっていつも僕を自由に放っていてくれていた父に、あらためて感謝を捧げたいと思います。
<K>
れのんさんへ
2009/11/24 23:43
風子さんへ

“何故かほのぼの”
そうなんです。
実父の葬式なのに、なぜか今回の帰省はほのぼのとした気持ちにさせられることが多く、故人には悪いですが、なかなか悪くない帰省でした。
僕自身、親戚づきあいというものがあまり得意でなく、こういった血縁のしがらみの中で如才なくふるまうことが苦手なのですが、今回はヨメさんという強い味方がじゃんじゃん親類の輪の中に入っていってくれて、彼らの矛先を僕からそらしてくれたので、僕自身はとても居心地がよかったのです。
そこへはるばる東京から焼香に来てくれた<S>くんの登場。
彼の如才ないふるまいは、「さすが東京の男性は違う」「えらい男前が来た」「飛行機のエンジニアさんじゃと?」と親類の女性たちに受けもよく、僕自身でさえ誰が誰だかわからない酔っ払いの九州男児の相手をつとめてくれたり、甥や姪の遊び相手までしてくれて、本当に助かりました。
おかげで僕は何もしなくて済みました。
こんな帰省だったら、これからももう少し頻繁に帰ってくるのに、なんて思いました。
<K>
風子さんへ
2009/11/24 23:44
けいさんへ

僕自身は実家を出てもう20年以上経っているので、家族という日常感を父にも母にも持たなくなってしまっていますが、昨日まで共に暮らしていた母にとっては、やはりその喪失感はあり余る程であろうと思います。
僕がいま共に暮らしているのはヨメさんですが、彼女を看取る日が来ることをどうにも想像できませんので、たぶん僕が先立つような気がします。
というかそうでないと面倒だなァ。
葬式ってやっぱり大変ですから。(笑)
<K>
けいさんへ
2009/11/24 23:45
Kさん。ちょっと一息。(笑)
あのー。もしかして?11月23日で、1:23で?少し意識しました?私も結構、数字を意識してたりするので。(笑)ただの偶然?
どうでもいいようなお話ですね。。。
(^^;;
とにかく、お疲れが出ませんように。無理しないでくださいね。
(*^_^*)
留加
2009/11/25 06:28
鈴さんへ

何事も合理的に済ませたがる我が家らしく、入籍の報告をした時に「お父さんに何かあった時にでも帰ってきたら?」と、まっとうな家なら「縁起でもない」と思われるようなことを平気で言い合って電話を切った母と僕でした。
薄情なようですが、伊達男だった父はおそらく、息子の嫁に麻痺した姿を見せたくないだろうと思ってのこと。
弔いの時の遺影も、彼が元気だった頃のダンディな写真を選び、「この写真のお父さんがいちばんイケメンだからね」と母。
白装束ではなく、おしゃれなお父さんのまま行かせてやりたいと、葬儀屋さんに特別にたのんで、生前の父が好んで着ていた紬を着せて棺に横たえました。
「着替えも必要だから」「退屈するといけないから」と、他にも父の気に入りだった服や本や趣味のものをたくさん棺に入れて、柩の中はパンパンに。(笑)
「旅慣れてない人の海外旅行みたいだね」と僕が言い、母が「冥土の旅に、旅慣れてる人なんてないよ」と言い返し、嫁さんたちが失笑をこらえる、というなんだか変な葬式でした。
〈K〉
鈴さんへ
2009/11/25 15:01
マリーさんへ

父はもう七十を半ばも過ぎた往生でしたし、息子たちは全員中年ですから、それほど湿っぽくなく、親戚一同が久しぶりに集まった宴会みたいな葬式でした。
ですが、幼い時にご母堂を亡くされたマリーさんの記憶に残るお弔いは、いかばかりの悲しみであったかと思います。
マリーさんご本人はもちろん、お父様やそれを見守るご親戚の方はいたましい思いをされたのではないでしょうか。
人の寿命は他人が決めるものではありませんが、我が家の場合は、母ではなく父が先立ってくれてよかったと思っています。
男が残される弔いというのはつらいですよね。
伴侶に先立たれる悲しみは誰にとってもつらいものですがが、人の死にじっと耐える静かな強さは、男より女性のほうが似合うような気がします。
〈K〉
マリーさんへ
2009/11/25 16:16
お父様のご逝去、謹んでお悔やみ申し上げます。

今回の詞…Kさんの事をうたった詞ではないとのことでしたが。。
ラストの。。
>わたしはこれからも生きていきます
   したたかに
   淡々と

はお母様が映るのです。
Kさんのおっしゃる、賑やかなお葬式。
お母様も心配りもあるのでは??

Kさんのお嫁さんと意気投合したお母様。
可愛い娘さんができて良かったですね。

去るもの、、迎え得るものの繰り返しが世の常ですね。
祖母が百歳で亡くなった時、生まれてきたひ孫に百果(ももか)と名付けました。
betty
2009/11/25 17:51
vino_secoさんへ

“肩の張らない”と言えばその通りの、とてもリラックスした空気の葬式でした。
その縁側から見たのんびりとした光景は、父を送る僕のおだやかな気持ちそのままだったと思います。

ヨメさんは早くに母親をなくし、多感な時期に父親の再婚相手と、多少ぎくしゃくした義理の親子関係をもった人です。
今ではその義理の母親ともうまくやっているようですが、そんな生い立ちから、立場上の母親・立場上の娘という関係を演じるのが決してヘタではない。
自分の実家でも“義理の”関係で気をつかってきた彼女に、僕の実家でまで気をつかわせたくない気持ちがありましたが。
しかし、さすがキャリアが違う。
なごやかに嫁・姑をやってくれて助かりました。

親戚や父の古い知り合いがほうぼうが集まってきて、ひとつ屋根の下、誰が誰の知り合いだかわからないような状況。
日帰りのつもりでやってきた〈S〉くんまで、「ヨメさんもお前がいたほうが知り合いがいて気楽だから」と無理やり一泊引き留めて、賑やかな合宿所のようになった実家で、親父を見送りました。
「お前ら、楽しそうでいいな」。
親父が今にも棺からむっくり起きてきて、盃を差し出してきそうでした。
〈K〉
vino_secoさんへ
2009/11/25 18:57
門前の小僧さんへ

心温まるコメント、ありがとうございます。
父もすでに隠居の身でありましたし、息子たちも遠方に居を構えていましたので、親類だけでひっそり弔うということで、僕の職場関係や知人からのご焼香を辞退していました。
ですが、〈M〉さんはじめ、弔花や弔電などのお心遣いをほうぼうからいただき、〈S〉くんなどは「いいから」と何度も言ったのに、多忙のシフトをやりくりしてわざわざ東京から福岡まで飛んできてくれました。
「何か手伝えることがないか」と意気込んで来てくれましたが、無精の息子の僕自身が福岡に到着した頃には、地元近くに住む弟や、仕切り屋の兄がすべて取り仕切ってくれていて出る幕なし。
〈S〉くんには「兄さん、ひまそうだね」と呆れられてしまいました。(笑)
それでも通夜の晩には、〈S〉くんも交替で線香を焚き続けてくれ、僕や母や兄弟たちに「俺が見てますから、寝て寝て」と、祭壇を頼もしく守ってくれていました。
「なんか息子がひとり増えてるような気がするけど、気のせいかね?」などと母も調子にのって、「じゃあ、お言葉に甘えて」と初対面の〈S〉に任せたりして。
遠慮のない家系なんです。(笑)
〈K〉
門前の小僧さんへ
2009/11/25 18:58
織り姫さんへ

“この所お心が乱れていたのは 居ても立ってもいられないからでしたのね。”

なるほど、気づきませんでした。(笑)
そんなに乱れていました?
“壊れてる”とは言われましたが、それは不惑の脱皮・飛躍の類かと思ってました。

気まぐれな休み休みのブログ、いいと思います。
ブログってそういうものだと思いますよ。
現実の日常に負担のかからない程度に楽しんでください。
僕も、このブログの3週間に一度という更新当番制がちょうどいいです。
コメントの返しなどが他の二人に比べて、やや“のろま”ですけど、何卒お許しを・・・。
〈K〉
織り姫さんへ
2009/11/25 18:59
同姓の親を亡くす悲しみを
まだ私は知らない。
でも、母がいなくなったら
慟哭どころじゃない
状態になる自分を思うと怖いです。
Kさんの結婚を見届けて
お父様は安心されたと思います。
そして悲しみが癒える頃
お母様は、これから
女の華を咲かせるでしょう。
葬儀は悲しい儀式だけれど
懐かしい人々を
集わせます。
それは優しい時間です。
私はKさんが樹海を彷徨った(嘘です)
富士の麓に
いつか(ず〜っと先!)眠ります。
父と母と妹と
又一緒に。(富士霊園ていう事です)

ゆゆ
2009/11/25 23:41
飛鳥さんへ

“伴侶には自分の親と似たような人を選ぶ”
そういうものなのでしょうか。
母親っ子だった兄や弟はむしろ母とはちがうタイプの、ほんわかおっとしりた嫁さんをもらい、親父っ子で母とは距離のあった僕が、母に似た竹を割ったような性格の嫁さんをもらったことを意外がられました。
女の好みが父親ゆずりなのかもしれません。

無難な性格の僕と破天荒な親父はとても親子とは思えませんが、母に言わせれば「あんたがいちばん父さんゆずり」だそうで、それゆえ嫁さんの苦労も「肌身にしみて思いやられる」んだそうです。
そうかなァ。
僕はあんなに女泣かせじゃないけどなァ。
〈K〉
飛鳥さんへ
2009/11/26 14:50
その後落ち着きましたか。

飛鳥さん宛てのコメントにもありましたけど、〈K〉さん、お父さんの遺影に似ていてびっくりしました。
いつか兄さんが歳とったらこんな感じになって、そして貴兄もこんなふうに鬼籍に入る日が来るんだな、と思ったら心がしーんとしてしまった。

通夜の晩、〈K〉さんが親戚のオジサンたちと飲んでる時、お母さんと話したんだよ。
たしかに言ってた。
あの子がいちばん故人に似てるって。
倉本家の男の血が濃く流れてるって。
だから、東京にやった時にもう「世間様にくれてやったつもりで」いたって。
畳の上では死ねない子かもしれないけど、それはそれでいいんだってさ。
三人も息子がいれば、一人くらいはそういう風来坊が育っちゃうもんじゃけんって。w
きちんと税金を払って、世間様に迷惑かけないでくれさえすればいいって言ってた。
〈K〉さんが海外の仕事してた時、「在留邦人死亡」の報道が入る度に、「あの子かもしれない。もしそうだったとしても私の人生じゃない」って覚悟して新聞見てたって言ってたよ。
でも、お嫁さんのFさんは小さい時に家族を亡くしてるから、若いうちに二度も家族に死なれるのは可哀想だけん、これからはそれだけが心配って言ってました。
そしたらね、Fさんの言葉がまた奮ってた。
「お母さんにそれだけの覚悟があるんですから、女房の私があまり彼を縛り付けるわけにはいきません」って。

〈K〉さん、常駐の今の仕事、契約の更新渋ってるって本当?
また外に出てくの?
俺が首を突っ込むことじゃないけど、また留守が多くなるのはさびしいね。
でも貴兄のまわりの女性は気丈な人たちだから、よかったね。
好きに生きてね、兄さん。


Beehive 〈S〉
2009/11/26 18:25
沙羅さんへ

お優しいコメントありがとうございます。
父が倒れて以来、母に看護の負担がかかっていましたので、そのぶん気もはっていたはず。
父亡き後は、体は楽になるでしょうが、ホッとして疲れが出るのではないかと身内の者は心配しています。
僕個人は「そんなタマじゃないと思うけどなァ」と思っていますが。
母がこんなことを言っていました。
「先立つ病人は手がかかるほうがいいんよ。こんなに手がかかるなら、いっそのこと・・・と思わせてくれて、お別れの覚悟を少しずつさせてくれるから。病人が亡くなった時に悲しいだけじゃない気分にさせてくれるから。だから手がかかるほうがいいんよ。」
父が息を引き取ったあと、「お疲れ様でした」と母に声をかけたら、ケツを思いっきり叩かれて「いやな子だね」と泣き笑いされました。
〈K〉
沙羅さんへ
2009/11/26 18:47
酒天さんへ

酒天さんのお母上の話、ほほえましく拝見しました。
うちもそんな感じ。(笑)
葬式の晩だっていうのに、うちのヨメさんに「パリに行きたいんだけど」と相談してました。
なんでも日本の華道とヨーロッパのフラワーアレンジメントを融合させたフラワーコーディネーターが知り合いにいて、パリで仕事をしているらしく、「遊びにいらっしゃい」と言われているんだそうです。
母は華道の師範ですが、古くさくて型にはまったものが大嫌い。
「私も外の空気を吸わんといけん」。
女ひとり身軽になって、これまで以上に人生を謳歌する気でいるようです。
まったくもって、たくましい。
〈K〉
酒天さんへ
2009/11/26 18:57
涅さんへ

人が亡くなる時はばたばたと続くものですよね。
今年、僕は若い頃に世話になった幾人かを見送りました。
皆それぞれに未熟な僕を見守り、野放しにしながらも遠くから眺め、ふと道に迷ったときに、助言ではなく本人の生き様で僕にヒントを与えてくれるような古い時代の男たちばかりでした。

故人を見送る強さを持つのが女性とはいえ、脆さ・心細さも持ち合わせていることでしょうから、しばらく母には頻繁に電話などしてみます。
そう言えば、上京して以来、母に対してそういう気遣いをしてやったことがなかった僕です。
〈K〉
涅さんへ
2009/11/26 19:03
留加さんへ

“11月23日で、1:23で?少し意識しました?”

ううん、ぜんぜん。(笑)
ごめんなさい、レスをさんざん待たせたすえに、こんなつまんない返事で。
僕はそういうジンクスとか縁起とか、あんまり気にしないほうなんですよねェ。
そういうのは意外ではありますが、〈S〉くんのほうが気にしたりするみたいです。
鉄のかたまりが空から落ちないよう責任を負わされている、そういう真剣勝負の仕事には、究極的なところで神頼みにたどり着くシビアさがあるのかもしれませんね。
僕の友人に腕のいい外科医がいますが、彼なんかもそういうのをすごく気にする人です。
手術の日時を選べて、しかもリスクの高い大手術の時には、月と他の天体との角度を見て時間帯を決めるという徹底ぶり。
それだけを頼みにしている医者ならヤブですが、彼は移植手術なども成功させる名医ですので、研究熱心で頭脳明晰、冷静沈着。
それでも人事を尽くした後は、天命に頼る。
その謙虚さが、命を扱う医者としての彼の、優秀たる所以だと思っています。
僕はまだそこまでの真剣勝負を経験していないのかもしれません。
〈K〉
留加さんへ
2009/11/26 22:01
Kさん Sくんが
お父様のお通夜・葬儀にはるばる福岡まで駆けつけたと聞き
改めて愛と礼儀と人情に生きるSくんを
垣間見た気がします。
その情の深さゆえか「女難の相」とかいうものと闘い続けなければならないようですが…(笑)
Kさん、いい弟さんを持って幸せです。
Sくんもいいお兄さんを持って幸せです。
きらり
2009/11/26 23:14
bettyさんへ

葬式が賑やかで和やかだったのは、父の大往生もありますが、おっしゃるとおり母の悲壮感のなさが一役買っているとも思います。
男ばかりの5人家族の中で、今思えば母がいちばん男前でしたし。(笑)
僕が子どもだった頃、日中、母が庭掃除をしている間に家に泥棒が入り、僕はそうと知らずに家の中で遊んでいたのですが、母が賊の侵入の気配に気づいて、庭の竹製の柵を地面から引き抜いて振り回しながら恫喝し、泥棒を撃退したという逸話もあります。
戦時中の薙刀訓練の成果だとか。
父にも息子の僕たちにも涙や怯えを見せない気丈な女でした。
父の弔いから2週間。
今頃ようやくひとりで、あの奥まった和室で泣いているのでしょうか。
〈K〉
bettyさんへ
2009/11/27 00:26
ゆゆさんへ

樹海の麓に眠る、なとど言うので、また「早まらないでください」と書きそうになりました。
あのあたりにご実家のお墓があるのですね。
そしてそのお墓に入るつもりでいらっしゃるということは、ご主人の家の墓には入らないぞと。
そういうことですね。
息子さんの就職を思って離婚を延期されたとのこと、次はご結婚、次は・・・と、少しずつ決断を延ばされて、ふと気づいたら添い遂げてた、なんてことになるのもいいじゃないですか。
僕の両親も、晩年は「男女の情」というよりは「習慣」と「惰性」と「同志愛」で添い続けた夫婦だったんじゃないかと思います。
そして僕も、カミサンとそんなふうに「惰性」でずるずるやっていきたい。
そんなふうに僕は「長きにわたる」という形容のつくものに惹かれる年頃になりました。(笑)
〈K〉
ゆゆさんへ
2009/11/27 00:27
〈S〉くんへ

その節は本当にありがとう。
わざわざ焼香に来てくれただけでなく、家族のようにいろいろと手伝ってくれて、本当に助かりました。
〈S〉だって日頃のシフトで疲れてただろうに、一晩中つきあってくれて感謝してる。
男には厳しい母が、お前のことをいたく気に入って「息子はもういらないと思ってたけど、シバタくんならうちの四男としていつでも帰っておいで」と言ってました。
これで、〈M〉さんの実家に続いて、俺の家も〈S〉の実家になったね。

常勤の仕事は契約更新するつもりだけど、ただその勤務地が国内じゃなくなる可能性があるということです。
まだ決めかねていますが、現地支局の駐在員の話があって。
実はカミサンもある国際機関に転職を考えていて、そのために留学をしたいと考えているので、彼女の進路とうまくかみあえば、その話を受けてみようと考えています。
というより、おそらく俺の風来坊のムシが騒ぎ出す前に、そんな俺の行く末に付き添えるような仕事を彼女が選ぼうとしてくれているように思えます。
まだどうなるかわかりませんが、シバタ、俺はデスクワークには向かないみたいだ。(笑)
こんな自分を呼んでくれるところならどこにでも行こうと思う。
カミサンが許してくれるなら。
父も見送ったことだし。
母もたぶんあの家はたたんで京都に帰るだろう。たぶん。
ということだから、俺にはもう実家はなくなる。
本当の意味で根無し草になったと実感して、なんだか身軽になったよ。

母とカミサンがお前に言ってたという言葉、心にしみました。
ただ、自分一人の人生ではなくなるという覚悟で入籍をしたので、連れ合いの人生を犠牲にしない形で自分の今後も考えていきたいと思います。
だから、まだもう少し考えさせて。
〈K〉
〈S〉くんへ
2009/11/27 00:28
きらりさん、シバタです。
ほめてくれてありがとう。
最近、人にほめられることがなかったから、心に潤い〜。w
「女難の相」を持ち出したことも、許しちゃう。

〈K〉兄さんのお父さんの葬儀は、「来るな」って言われたけど、そりゃ行くよ。
だって、俺の父親がわりの牧師先生の葬儀の時は、〈K〉さんが駆けつけてくれて、呆然として頭がまわらなくなってる俺と奥さん先生にかわって、葬儀委員長みたいに動いてくれた。
その恩は忘れないよ。
でも、〈K〉さんちはすごいよ。
そんな〈K〉さんが何もすることがないくらい、〈K〉さんのお兄さんや弟さんができた人でね。
「俺、いつも出る幕ないの」なんて、のんびり煙草吸ってたよ、あの人。w
ご迷惑にならないように、俺は日帰りの手配してたんだけど、〈K〉さんもご家族も親切にひきとめてくれて、結局泊めてもらっちゃった。
おかげで、〈K〉兄さんの育った家で、風呂やご飯まで世話になって、この家の息子のように扱ってもらえました。
嬉しかった。

〈K〉さんはいつも「根無し草のしがないフリーランス」なんて言ってるけど、お葬式に出てみて驚いた。
〈K〉さん関係の弔花の多いこと!
しかも名の知れたメディアや報道機関や国際団体のそうそうたる弔花ばかり。
故郷に錦を飾るってこういうことか、とあらためて思いました。
兄さんってすごい人なのね。
そんで、また必要とされてどこか遠くへ行っちゃうのね。
やっぱり国内常勤、続かなさそうだな。w
俺が言ったとおりじゃん。

> 自分一人の人生ではなくなるという覚悟で
> 入籍をしたので、連れ合いの人生を犠牲に
> しない形で自分の今後も考えていきたい

ちくしょう、俺もそんなこと言ってみたくなった。w


Beehive 〈S〉
2009/11/27 00:56
倉さんのお父様の葬儀の様子を見て、少し羨ましく思いました。やはり父のことを思い出してしまって。
父の時は、人手も無く、男手も無かったし、私と妹だけでほとんど動いてました。だから、大変だった。
父の入院中、病院へ毎日通い、もう危ないと言われても、私はまだもう少し生きてくれると信じてました。
だから、いきなり亡くなってパニックでした。悲しみに浸る間も無く、やはりどうしても父の式はちゃんとしてあげたかった。
お金のことやその他準備で考えることが多く、すぐにお通夜も無理で。ちょうど葬儀屋さんの都合もあったんだけど、お通夜も3日後にしてもらったんです。亡くなった日は病院へ泊めてもらって側にいたけど、翌日は準備に大変で、とても1日中側に付いててあげることができなかった。父の方は親戚付きあいも無く、父の兄弟は年老いてることもあり、すんなり帰り、誰も夜中中もいてくれませんでした。
妹のダンナも頼りになる人では無いし、妹も子供たちのことがあり無理で、泣く泣く?夜遅くまでいた後、妹と葬儀屋を後にしました。なんとかその翌日から葬儀屋に泊り込みで、父の側にいてあげることができたけど。
だから、シバタさんがずっとお線香のお守りをしてくれてたのって、羨ましいことですね。(笑)
留加
2009/11/27 09:24
(続きです。)
で、そんなことを思いながら、寝たからか?倉さんが出て来る夢を見ました。(笑)顔は分からないけど、雰囲気で倉さんだと思ってるんです。
私にランチをご馳走してくれるために?待ち合わせしてるんだけど、なんか先に食べてるのよね。私が来ると慌てて、行こうかーって、洋風なランチを残したまま、そこを出るの。(何回、食べるねん?!)
だけど、肝心の私が食べるシーンは無しなんです。残念。(>.<)
あと、もしかしたら?MICHIOさんらしい人も出てたかも。でも、シバタさんらしき人は出て来なかったわ。(笑)その前に目覚めたのかな?あー、残念。(笑)
夢でBeeのみなさんと会えるなんて?面白いですよね。
(^○^)
留加
2009/11/27 09:25
きらりさんへ

実家に〈S〉がいる。
カミサンもいて、母も兄弟も叔伯父叔伯母もいて従兄弟もいる。
そしてなぜか父は亡骸で。
こんなの初めて。(笑)
なんだか変な感じの帰郷でした。

大学入学とともに福岡を離れて以来、本当に数えるほどしか帰省せず、電話も手紙もよこさなかったせいか、母に〈S〉のことを話したことがなかったかもしれない。
「ご両親はお元気?」
「お父様はお元気なの、そう。たまには実家に帰ってさしあげてね。ご仏壇のお母様も喜ぶわよ」
などと呑気に問いかける母にハラハラしましたが、こういう場面は慣れてるのか、〈S〉は適当に話を合わせて
「そうですね、そうします」
などとソツなくかわしてくれました。
申し訳ないことをした。

父の眠る祭壇の前に座り、線香を守り続ける彼の背中を見ながら、僕は本当に良き友を持ったものだと思いました。

風呂上がりに、素肌に母の湯上がりガウンをはおった〈S〉が可愛いくて、思わず写真を撮りましたが、ここにアップしたら怒るだろうなァ。
〈K〉
きらりさんへ
2009/11/27 11:13
留加さんへ

すみません、なんかゴタゴタしてて。
僕自身もこのブログも。(笑)
まあ、活気に満ちていていいのかな。
でも、不快な思いをした方もいるようなので、(笑)とか書いてる場合じゃないですね。
留加さんも、Beeとは仲良しさんですから、もし何かあったら言ってくださいね。

それからこの場を借りて、シバタ。
あんまりムキになっちゃダメだよ。
ネットの悪辣な書き込み行為なんて、絶対なくならないから。
シバタは口が悪いけど、いきなり人を罵るようなコメントをするようなヤツじゃないって、ここに来てくれる人はみんなちゃんとわかってると思うよ。
ね? そう思いませんか、留加さん。

それにしても留加さんのお父さんの時は大変でしたね。
お母さんもなく、女の姉妹だけで、頼れる人がいなかったのですね。
僕のところは男ばかり3人もいるうえに、嫁さんたちもしっかりしているし、父のきょうだいたちや古くからの知己が頼もしい人たちばかりで、僕などは本当に出る幕なしでした。
おかげで、親父の眠っている部屋でぼんやり。
思えばあんなに長い時間、親父と二人きりで部屋にいたこともなかったなと。
そういう意味では葬式の采配に忙殺されず、しみじみ故人を偲ぶ時間を持てました。

で、夢の話ですが。
留加さんに飯を奢るんですか。
しかも自分だけ飯を食って「さあ、行こうか」。
なんかわけわからないけど、空気を読めない僕のマイペースぶりが出てるような・・・。
留加さんの中で僕がどんな男と思われているか、だいたいわかりました。(笑)

今夜も夢でお会いしましょう。
〈K〉
留加さんへ
2009/11/27 22:31
●Beehiveより お願い●

最近、BeehiveのメンバーのHNをかたって、ここにご訪問くださる方のブログを中心に、メンバー本人ではない人物が失礼なコメントを書き込む事例の報告を受けています。
ネットやブログの世界では、その匿名性ゆえこういった悪辣な行為がなくなることはありませんが、心当たりのある方は、そのような行為はどうぞお控えくださるよう、強くお願いいたします。

今後は、Beeのメンバーから皆様のところへコメントを付けさせていただく場合、必ずリンクありのコメントに致しますので、リンクなしのコメントで我々のコメントがあった場合には、メンバー本人でないと思ってください。
また、こういった事例にかかわらず、何か不審なこと、ご迷惑をおかけしていることがございましたら、ご報告くださいますようお願いいたします。

ご迷惑おかけしました方々には、心よりお詫び申し上げます。
ですが、こういった一部の迷惑行為に屈さず、今後もここにご訪問くださる皆様と楽しいネット交流をはかりたいと思っております。
メンバー一同、陳謝の上、今後とも変わらぬおつきあいを、重ねてお願い申し上げます。

〈K〉〈M〉〈S〉
Beehive 一同
2009/11/27 22:32
またまた大変なことが〜。。。
ひどい書き込みですね。少し覗かせてもらいました。
以前からこんなのがありましたよね。。。
やはり人気のブログはこういったこともあると思わないといけないのかな?
なんかシバタさんのファンみたいな感じだけど。(笑)
シバタさんは自分のことをよく思ってない人のしわざと思ってるようですが。いや、本当は感づいてるのかも?だけど、やはり嫉妬から来てるんじゃないでしょうか?結局は、シバタさんのこと想ってるから。。。だけど、それが悪い方向へ行ってしまったのかな?早く、自分中心でなくて、好きな人が困ってるということに気付いたらいいですね。。。暴走してしまってる気持ち。早く落ち着かせてもらえたらいいんだけど。
え?私も注意って?!(^-^;
私はこれでも、気を遣ったりしているんですよ。いっぱいコメントしてる時もあるけど、程よく?コメントを切り上げないと!と考えたりしています。
(^^;;
元々、気にしいだから、大胆なことを書いたりもしてたけど、みんなにどう思われてるのかな?とかも気にしてたりして。たまに、ええい!とコメントしてたけどね。(笑)
うん。ここに来てる人らは、本物のシバタさんか?ニセモノか?はすぐ分かると思いますね。
あのー。書き方が悪かったけど、待ち合わせで倉さんが先に食べてて。そこから一緒にまた!本格的なランチ!ということなんです。倉さんはまた!食べるんですよー。多分?(笑)よく食べるなー。残してたけど。(笑)面白い夢でした!
(^o^)ゞ
倉さん。このような記事の時に、ゴタゴタが入って来たけど、あまり気にしないように。マイペース?で頑張ってくださいね。Beeのみなさんを応援していますーー。
留加
2009/11/27 23:55
私も攻撃を受けた人間の一人です。
怒りと言うよりは、
その人の気づきを強力に祈らざるを得ません。

自由にかきこ出来るのがブログの良さですから、
それを阻害する行為をなさることだけは自重をお願いしたいですよね。

せっかく、Beehiveさまのブログがいい味を全開にして居るときに、悲しいですよね。

重ねてこのブログが温かな場として保たれるようにお祈りさせてください。

当然私も正々堂々リンクありコメントします。(笑)
門前の小僧
2009/11/28 00:35
 今晩は。
 悪さする糞餓鬼が後を絶たない。我が身にかえるのをしらない。以前、あるコメント欄にブロ友の名があったのでたちよろうとしたところ、無関係なブログに誘導された。他人の名をかたっていたのだ、然し、幼稚なブログ。
 昔、黒電話で話をしているときは軽く頭をさげていたものだった。見ていなくても相手はわかると言われた。ブログも同じようなものかもしれない。ここにコメントする人は大人ばかり。お互いにコメントするときリンクつきにするのはどうだろう。どんなに真似てもわかる、文は人なりと昔からいうから。
 今日、届きました。探せばあるものなのですね。
 <M>さん易の英訳本゛The Book of Change ゛暇みつけて読んでいこうと思ってい。
珊底羅
2009/11/28 01:49
留加さんへ
門前の小僧さんへ
珊底羅さんへ

最新記事を更新いたしました。
詳しくはその記事をご参照いただきますが、そのような経緯で、一時ここを休止いたします。
以前より匿名の人物によここの訪問者様へのいやがらせが断続的に続いており、今回は<S>本人の文体をまねた悪意のコメントが出回るという事態にまでエスカレートしてしまいました。
ご報告いただいたコメントやメッセージによって、我々が把握していた以上の方々にご迷惑が及んでいたことも判明しました。
僕らはこの事態を重く受け止め、強い抗議の意思と、ご迷惑をおかけする範囲を最小限にとどめる緊急措置として、この度の一時休止を決定いたしました。
被害にあわれた方が、<S>が個人的にとても楽しみにおつきあいさせていただいてた方ばかりだったことで、彼自身もショックを受けたようです。
奴は自分への攻撃には強いですが、大切な人への攻撃には弱いところがありますから。(笑)
「俺がやめることで抗議する」の一点張りなので、彼を落ち着かせる意味合いもあって、僕らも一緒に休止します。
Beehiveは、誰が欠けても成り立ちません。
一心同体です。
今回久しぶりに三人が一致団結しました。(笑)

皆さんとしばらくお別れすることは淋しいですが、事態が収束に向かい、また再開できる日を楽しみにしております。
匿名社会のネットにおいて、こういったトラブルがなくなる日はないと思いますので、何をもって収束とするかはとても難しいところですけど。
このまま更新がなかったら、年明けに一度のぞいてみてください。
ここをどうするか、年明けには結論を出します。
留加さん 小僧さん 珊底羅さんへ
2009/11/28 04:31

今後もコメントの書き込みなどは自由です。
こちらから皆さんのところに訪問させていただくこともあるかもしれません。
ですが、本日以降にいただいたコメントへの、この場でのレスは控えさせていただきます。

これまでの御交情、深く深く感謝いたします。

<倉本>


続き
2009/11/28 04:31
休止は残念に思います。
私は誰かに疑われてるようで場違いなコメントが自分のブログに入ってきました。
自分のブログの訪問者さんの所へ遊びに行くのでさえ大変なのに全く交流のない方の所へなんて、行きません。
どれだけ調べられても私じゃあ、ありませんよ。
どんだけ執着してる人なんだか。
場違いなコメントした人は多分これもしっかり読んでるでしょう。
透視者って名乗ってたけど、そっち系が好きな人?

全然関係ないけど今、電車乗り間違えた。笑
あととばっちりだね。笑
私、日本語めちゃめちゃなんだ〜 (´0ノ`*)
きらきら
2009/11/28 09:33
Beehiveの皆様へ

残念な結果です。
皆様は心の弱い自分を優しく守って頂いた存在です。
せっかくの花咲いた鉢を、
割られた気分です。

Beeの皆様でこれからの方針をお考えいただくそうですが、
どうぞここを訪れている皆様のブログ訪問だけは続けて下さい。(言われなくても・・・ですよね。)

私に関しては、変わらぬ叱咤激励を頂戴できれば幸いです。
当面はご訪問されるのみと拝察しますが、
「また青いことを書いておるな。」と
あきれて頂ければ望外の喜びです。

新生「Beehive」の再登板をゆっくり気長にお待ちします。

しばらくはゆっくりと休んでくださいね。

ちょっと早いですが、よい年をお迎え下さい。

門前の小僧
門前の小僧
2009/11/28 13:06
Kさん
遅ればせで大変もうしわけありません。
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます
福岡なんですね。
お母様と奥様との語らいから母親とよく似た奥様の後ろ姿が見えたんですね。
どんなに覚悟をしていたとは言ってもつれあいを亡くしたさみしさは大きいです。日がたつにつれてそのさみしさがじわじわとやってくのではないかしら?
時々は帰省してお話相手をなさってくださいね。
この詩はお母様ですか?
ろこ
2009/11/28 17:58
 許せんな。人の風上にも置けんわ。

貧しい心じゃ。

この様な者が居るとは

悲しいの〜。
カラスです。
2009/11/28 23:44
私も抗議の意味を含めて、一度削除した迷惑コメントを、また記事に貼り付けました!
‘迷惑コメント!’という記事ですが、勝手にこちらへリンクもしてしまったけど、大丈夫ですかね?
先にリンクを貼ってしまったけど、無理なら言ってくださいね。
留加
2009/11/29 00:03
倉本さんの順番が飛んだときに
そういう事情じゃないかと
想像いたしておりました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

周りでも
近親の別れが増えておりまして
そういう年齢になったのかと
感慨ひとしおであります。

ブログ休止ですが、
悲しいことですね。
明るい結末にいたることを
望みます。
└|∵|┐高忠┌|∵|┘
2009/11/29 09:43

せっかく良い友だちになれたと思っていたのに。

これもまた、ネットの世界ですね。
匿名性が、良いところもあり、
もちろん、そうでないことも。

いろんな人がいるからね。

  ですが、あまりに悲しい・はげおやじ・より
はげおやじ
URL
2009/11/30 00:56
多くの方が集うこのブログが閉鎖されるとは残念ですね。ここは思わず本音を引き出さずにはいられなくブログでした。で、いろんな方のお考えを知る上でも大変貴重なブログでした。もう長いおつきあいって思っていましたが、1年ですか。はじめて出会ったころの気持ちを思い始めています。3人の個性の異なりがとてもおもしろく、3人の関係を想像するのも楽しく、羨ましく思っておりました。多くの方が嘆いておられることと思います。また違う形で再出発されることをお祈りしています。一抹の寂しさが...倉さん、お母様をお大切に。女性は気丈夫なようでも、夫を亡くした後生活をおろそかにする人も中にはおります。どうか、頻繁に訪問してあげてくださいね。シバタ君、いつか心をすっぽり預けてもいい女性と出会い、いい家庭を作られるよう心から願っております。人は子どもを産み育て、自分が鍛えられます。MICHIOさん、とてもおもしろい世界を見せてくださってありがとうございます。わたしにとってここはほんとうにわくわくするところでした。MICHIOさんがいてそのおもしろさのぶれない軸があったような気がしています。またお会いできますように。みなさん、お元気で。ここを訪問されていた皆さんへも、楽しいご意見ありがとう!!ではサイチェン!
ののはな
2009/11/30 21:29
IDがエラーで管理画面に入れずにいます。
お返事が返せず申し訳ございません。
了解しました(^^)
応援してます♪
きらきら
2009/12/03 08:55
大変ご無沙汰なんですが、一言。
本当に残念ですね。人気ブログの宿命ですかね。ホントは私もコメントを書き込んだり輪に入りたかったんですけどね、いつだったか「これは無理だなぁ」と感じた時があって、以来影でこっそり読むだけの人になっていましたw
楽しいブログの再開陰ながら応援しています!!
(たまに私のブログへご訪問いただいた時のMさんの辛口コメントは、攻撃ではなく単なるツッコミですよね?そう信じて再開お待ちしています)
O代理
2009/12/06 21:54
●ここにコメントをくださった皆様へ●

11月28日のきらきらさん以降、ここにコメントをくださっていた皆様方、お返事が遅くなってたいへん申し訳ございません。
ブログを再開いたしました。
なぜだか「引責脱退」を主張してやまない<S>くんはまだ不在ですが、彼を説得しようにも、彼の職場は今、新型インフルエンザの集団感染の危機に見舞われており、残されたスタッフで業務を遂行すべく、未曾有のハードワークの只中にあるようです。
たぶんブログどころではない状況かと思い、とりあえず<M>さんと二人で始めることにしました。
<S>くんが戻ってくる気になるまで、のんびり気ままに続けたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
<K>
皆様へ
2009/12/10 01:16

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「喪中欠礼」 詞人集団 Beehive/BIGLOBEウェブリブログ
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